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イノベーションを起こすのは「素人」だ――現代アートの巨人と福島県いわき市の市民の物語

藤本智士が『空をゆく巨人』(川内有緒 著)を読む

2018/12/18
『空をゆく巨人』(川内有緒 著)

 現代美術の世界で知らない人はいないであろう蔡國強(さいこっきょう)と、福島県いわき市の会社経営者、志賀忠重。本書はそんな二人の友情と交流を描いたノンフィクション。しかし読み進めるのに、現代美術に対する予備知識は必要ない。蔡國強というビッグネームを聞いたことすらない人でさえ、この二人の物語を興味深く読み進めていけるのは、物語の主軸が明らかに後者の志賀忠重という、いまもなお福島県に暮らす市井の人にあるからだ。その意味するところは言うなれば「素人力」。業界の常識を知らぬということが、こうも人を、組織を、プロジェクトを、前に動かしていくのかと思い知らされる。

 先日知人と「悩むと考えるの違い」について話した。考えているようで、ただ悩んでいるだけの人のなんと多いことか。「悩む」は、行動を起こしていないので、そもそも考えるために必要な素材がない状態。一方「考える」は、行動を起こした結果みえてきたことなど、そのために必要な素材がある状態。つまり行動を起こさぬままに考えることは不可能なのだ。そういう意味で、志賀は悩むことを一切しない。「やってみなきゃわからない」と常に行動し、その結果考えることを続ける。そんな思考の積み重ねはやがて、十年、二十年先ではなく、二百五十年先のビジョンを描くことへとつながっていく。

 蔡國強というアート界の巨人が、次々と生み出していくとてつもないスケールの作品たち。しかしそのどれをも凌駕する作品を最終的に、福島県いわき市の一介の経営者が生み出さんとしている。そこに至るまでのユーモアと愛情に溢れた力強いやりとりに、多くの人が勇気付けられることだろう。川内有緒氏の誠実な筆致によって描かれるのは、素人だからこそ突破できる世界があるかも、といった希望を超えて、もはや、素人にしかイノベーションは起こせないという事実。読者の心に桜の苗木が植えられるような一冊だ。

かわうちありお/1972年、東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業後、米国ジョージタウン大学で修士号を取得。著書に『パリの国連で夢を食う。』などがある。本作で第16回開高健ノンフィクション賞を受賞。

ふじもとさとし/1974年、兵庫県生まれ。秋田県発行のウェブマガジン『なんも大学』編集長。著書に『魔法をかける編集』など。

空をゆく巨人 (単行本)

川内 有緒(著)

集英社
2018年11月26日 発売

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