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シリア拘束 安田純平氏が明かす「1218日間の地獄」と「施設」の内部

2018/12/24
安田純平氏

 シリアでの3年4カ月にわたる拘束から解放され、帰国してから約2カ月がたった。あらゆるものを失ったが、少しずつかつての生活を取り戻しつつあることを実感している。

 拘束者から「解放されたら、紳士的な対応を受けたとメディアを通じて伝えろ」と言われて記録を許された日記のほか、衣類などは持ち帰ることができた。だが、クレジットカードや運転免許証、パスポート、携帯電話は拘束者に没収された。身分証明書になり得るのは、帰国の際に日本の外務省から発行された「帰国のための渡航書」だけという状態だった。

 帰国当初は、友人や知人との連絡手段に苦労した。クレジットカードは拘束者に不正使用されていたため、使用停止や解約になってしまった。料金の支払いができなかったためにニフティメールのアカウントは消滅してしまった。友人・知人の連絡先はグーグルのアカウントに同期して保存してあったが、ログインするためには携帯電話で認証コードを受け取らなければならない設定にしていたため、携帯復旧までグーグルアカウントを開くことができなかった。

 携帯電話のSIMカードを再発行してもらい、友人が提供してくれた海外製の端末に入れて電話を復旧させるつもりだったが、契約していた携帯電話事業者から「当社の認証している端末でなければ発行できない」と言われて断念した。この際だから他社に乗り換えてしまうことにしたが、手続きする時間がなかなか取れず、電話が復旧したのは12月に入ってからだった。

“拘束仲間”のカナダ人に連絡が取れた!

 フェイスブックアカウントはたまたまパスワードを覚えていたので、ログインすることができた。そこで、今年2月ころ同じ収容施設に拘束されていたカナダ人の人権活動家ショーン・ムーア氏と連絡を取れたのは幸いだった。

 私は他の囚人と話すことを禁じられていたが、他の囚人たちは雑談しても咎められることはなかった。そのため、近くの独房にいたムーア氏が周囲の囚人や看守と話している声は聞こえていた。帰国後、先に解放されていたムーア氏をフェイスブックで見つけることができ、当時、独房から聞こえた彼の発言内容を伝えると、「それは俺だ! あの苦しみを分かち合える人がいたなんて!」と喜んでくれた。

ウイグル人が運営する口の字型施設

 ムーア氏も、拘束されたことについて、インターネット上で一部の人々から非難を浴びているという。まるで別の惑星にでもいたかのような異常な体験を共有し、語り合える人がいるということは、私にとっても心強いことだ。

 気がかりなのは、今年7月から約2カ月同じ収容施設にいたイタリア人のアレッサンドロ・サンドリーニさんの安否だ。彼はいまだに解放されていない。この施設では中庭に出されて日光浴をさせられることがあり、会話は許されなかったがお互いに目配せしあう存在だった。今年の9月29日に私が別の施設に移された際、出発前に看守から「挨拶していけ」と言われ、握手をした。彼の姿を見たのはあれが最後である。

 ほかにも、人身売買されてきたシリア人親子や、政府側のスパイとして反政府側に入り込んでいたシリア人の少年が同じ施設に囚われていた。

 中国政府による弾圧が問題となっている新疆ウイグル自治区から来たウイグル人が、シリアでは外国人を監禁して人質にしていた。そこで子を産み、ウイグル語を教え、育てているという話も聞いた。

 2011年に始まったシリア内戦の死者数は50万人とも言われているが、統計をとることすら困難な現場であり、実態は不明だ。だが、2012年に5週間滞在していた間だけでも、空爆で死亡したおびただしい数の女性や子どもの遺体を私は目撃している。それぞれの生活があり、人生があったはずの人たちである

文藝春秋1月号

 これは、どこかの惑星ではなくこの地球上でおきている現実なのだ。このことを忘れてはならないと、これまで以上に強く思っている。

「文藝春秋」2019年1月号では、「シリア幽閉記」と題して、1218日に及ぶ地獄のような日々を綴った。こちらも一読頂ければ幸いである。