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「正しくない」恋愛は「正しさ」と紙一重かもしれない

作家・島本理生が語る「恋愛という物語」

今夏『ファーストラヴ』で直木賞を受賞した島本理生さん。受賞後の新刊となる『あなたの愛人の名前は』では、「正しくない恋愛」をめぐる男女の姿が6編の物語の中で描かれます。そして物語の中に佇むのは、島本さんが大好きな日本酒。ここは一献傾けながら、お話を聞かせてもらいましょう。

吉祥寺「にほん酒や」でお話を伺いました

日本酒を作品に描く理由

——今日は冷え込む日ですので、さっそくお燗でもいただきましょうか。

島本 いいですね。何にしようかな……。この、うすにごりのお燗って珍しいですね。

——山形の鯉川酒造「つや姫」というお米を使った「別嬪」ですか。では、まずはこれを1本。お料理はどうしましょうか。

島本 カワハギとか美味しそうですね。あとアボガドの味噌漬けも。

——『あなたの愛人の名前は』にも日本酒が出てきますよね。天青の大吟醸、秋鹿。意識的に描き入れたんですか?

島本 そうですね。お酒を通して、関係性の危うさみたいなものを描きたかったんです。この短編集は「正しくない恋愛」がたくさん出てきます。人には言えない秘密、罪悪感を伴う関係。シラフで始めるのは抵抗のあるような恋愛を、お酒を通して書き分けられたら面白いなと思ったんです。

島本理生さん

——お酒を間に挟んだ関係性ですか。

島本 たとえば、緊張しているとお酒をいつもより飲んでしまいませんか? 会話が少なくなると、お酒のペースを上げて間を埋めたり。そんな緊張感やよそよそしい距離感を言葉でそのまま描くのではなくて、飲食によって象徴的に描きたいな、と。

——にごり酒きました。ま、どうぞ。

島本 ありがとうございます。……あっ、おいしいです。お米の香りがふわっときますね。冬の味。

リラックスして味わえない食事の描写

——各短編には、里芋と豚肉のカレー、茹で鶏と自家製ゴマだれ、アイナメのお刺身、アクアパッツァのスープ雑炊、海老ワンタンなどなど料理もたくさん登場します。お酒同様、これも意識的に。

島本 ただ、「あなたは知らない」「俺だけが知らない」の2編は、料理が美味しく見えすぎないように注意しました。どうしてかって言うと、人って緊張しているときは食事の味が分からなくなると思うんです。味わえないというか。婚約中の女性が別の男の人に強く惹かれてしまう「あなたは知らない」も、その男の人の側から彼女との関係を描いた「俺だけが知らない」も、合わせ鏡のような緊張した男女関係の物語なので、リラックスして味わえない食事の描写によって、お互いの距離感や、それ以上踏み込んだら壊れてしまうような危うさを出せていればと思っています。