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知らないうちに妻が2人!? 戸籍のからくりと父を知らない子どもたちの問題

橘玲が新日系フィリピン人の問題を『ダブルマリッジ The Double Marriage』として解き明かす

 ある日突然、あなたの戸籍に、妻とは違う女性の名前が入っていたら……。

「これは、日本でもあり得ない話ではないんです」

 と語るのは、『言ってはいけない』(新潮新書)、『マネーロンダリング』(幻冬舎)などのベストセラーで知られる、作家の橘玲氏である。投資や法律、裁判など社会システムの裏の裏まで熟知する橘氏はいま、戸籍のからくりに注目しているのだという。

「意外に知られていないことですが、わが国ではたとえ重婚になっても、現実には罰せられることはまずありません」(橘氏、以下同)

 刑法上、重婚罪が定められてはいるが、懲役2年以下という微罪であり、警察が動くことはほとんどないのだそうだ。

「法務局の担当者に取材したら、民法には『配偶者のある者は、重ねて婚姻をすることができない』とありますが、これはあくまで“当事者”が、その取り消しを請求できることを定めたものだと説明されました。つまり、請求がなければ行政が動くことはなく、戸籍上の重婚状態はそのままなのです」

フィリピンパブ全盛期の“遺産”

 実は今日、外国人と外国で結婚したものの関係が破綻し、帰国して別の相手と結婚しているケースが少なくない。その多くが、日本人の男性がフィリピン人女性と現地で婚姻したが、日本ではそのことを戸籍に載せていないというケースだ。時は1980年代から90年代前半、大挙して出稼ぎに来日したフィリピン人女性、“じゃぱゆきさん”たちの時代に遡る。

「当時、日本人の男性が、フィリピンパブなどで働く女性と付き合うのは、流行りみたいなものでした。彼女たちが日本人の恋人を家族に会わせるため母国に連れて帰ったり、あるいは男性のほうが、就労ビザが切れて帰国した彼女を追いかけていったりした。そこで『私のことを本気で思っているのなら……』と迫られて、かたちだけのつもりで現地の教会で結婚式をあげる。しかしそのとき書類にサインすると、それに基づいてフィリピン政府の正式な婚姻証明書が発行されます。その後熱が冷めて、妻子を置き去りにして1人で日本に帰ってくる、というケースは珍しくありません」

 それが今になって、社会問題化している。日本人の夫とフィリピン人の妻との間に生まれ、フィリピンに残されたJFC(Japanese Filipino Children)の数は、3万人とも10万人とも言われているのだ。(*フィリピン国民はFilipinoと表記される。Philipinoの綴りはここでは用いられない=編集部注)

 第2次世界大戦の敗戦で日本人の夫が帰国し、母親とともににフィリピンに取り残された日系フィリピン人に対し、JFCは新日系フィリピン人と呼ばれる。

「JFCの母親たちは、子どもに日本国籍を取らせようとします。日本人の夫に資産があれば相続権が得られるというのもありますが、それよりも主な目的は、日本で「日本人」として働いたり、「日本人」の子どもの保護者として労働ビザが発給されることです。そのためにはまず、夫の戸籍の婚姻欄に名前を載せる必要があります。これが重婚につながっていくのです」

 マニラの日本大使館近くには、「国籍取得、婚姻、子どもの認知、なんでも相談してください」などと日本語で書かれた看板が目立つ。JFCに日本国籍を取らせる代行業者のものだ。

「日本人の男性との婚姻証明書をもったフィリピン人女性が相談に来ると、業者は、いつどこで出会って、子どもがいつ生まれて、どういう理由で夫がいなくなったのか、などを聞き取った身上書をつくります。それに婚姻届、出生届、日本の弁護士や行政書士を通して取得した夫の戸籍謄本を添えて、日本大使館に提出すれば、夫の戸籍を修正して、婚姻欄に名前を載せることができる。『婚姻の方式は、婚姻挙行地の法による』と定められた国際私法に基づくものです」

 これにより、子どもが幼い場合は母子の、20歳以上なら子どもの渡航ビザが大使館から発行される。

「その後、子どもが未成年であれば、来日して半年たつと日本に住所があるとみなされて、無条件で日本国籍の再取得(子どもはもともと日本人という扱いなので)ができます。20歳以上であれば、原則3年の居住要件を満たしたあとに帰化を申請することになりますが、日本人との間の子どもであることが戸籍でわかっているので、これも自動的に認められます」

逃げ帰ったつもりが…。

 もっとも、フィリピン人の妻から戸籍の修正の申し立てがあっても、役所が本人に無断で手続きを進めるわけではなく、催告通知を戸主である夫の元に送ることになっている。海外での婚姻届は国内と同様に、3ヵ月以内に届出の義務がある。それを怠っているとして、届出を促すのが催告通知だ。

 しかし、海外に居住していたり、転居しているのに転出届を出していないなどの理由で通知が届かないこともある。催告したにもかかわらず戸主が手続きを行なわないと、行政が職権で戸籍を書き換えることなる。しかもその事実を戸主に通知する義務はない。

 つまり、海外で結婚しながら日本に逃げ帰った男性は、相手から申請されれば、否応もなく、日本でも婚姻関係となると覚悟したほうがよい。そのとき日本で別の女性と結婚していれば、本人も知らないうちに重婚状態になるのだ。

「いま韓国で少女像が設置されたことが日韓の外交問題となっていますが、慰安婦問題というのは、国際的には女性の人権問題です。かねてから国連人権委員会などで取り上げられていましたが、2007年にアメリカ下院で慰安婦問題の責任を認定するよう決議されてから、日本政府は〝人権侵害の国〟とみなされることを、非常に警戒しています。そんなとき、「日本人」の子どもが何万人もフィリピンに放置されていることが知れ渡ったらどうなりますか。JFCの存在は日本政府としても看過できないのです。
 戸籍を修正して日本国籍を取得させるなんて、民間の一業者が単独でできることではない。事実上、外務省や法務省などの行政機関が関与しているとみて、間違いないでしょう」

衝撃の小説

 橘氏が丹念な取材で解き明かした驚きのエピソードは『ダブルマリッジ The Double Marriage』としてエンタテイメント小説に昇華した。

 物語は冒頭から、驚きの展開をみせる。大手商社の部長、桂木憲一が、パスポート申請のため戸籍謄本をとったところ、婚姻欄に妻の名前と並んで、「ロペス・マリア」なるフィリピン人女性の名前が入っていたのだ。さらに2週間後、新たな戸籍謄本が自宅に送られてきた。そこには長男として、「ケン」という名前が加わっていた。これは、マリアという女性による仕業なのか? それとも何者かが罠にはめようとしているのか? 順風満帆だった憲一の人生はにわかに暗転しはじめる……。

 事実に基づく、会心の一作である。

(『ダブルマリッジ The Double Marriage』は、弊社から絶賛発売中)

ダブルマリッジ

橘 玲(著)

文藝春秋
2017年1月20日 発売

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