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「いらすとや」がイラストレーターの敵「ではない」理由

ニーズは高いのにコスト構造は厳しかった「素材」のジレンマ

2018/12/26

ニーズは高いのにコスト構造は厳しかった「素材」のジレンマ

 そもそも、「ビジュアル素材」のニーズは高まる一方だ。一方で、有料で新規のイラスト素材を発注できる企業は限られている。予算面で制約がある場合もあるが、より大きな問題は「スピード」だ。すぐにプレゼン資料や張り紙を用意したいが、イラストレーターの伝手はないし、発注して描いてもらう時間もない。

 本来はそんな時のために「素材集」「クリップアート集」が存在したのだが、こうしたフリー素材はさほど儲かるものではなかったので、ソフトメーカー側でもあまりコストをかけて作ることができなかった。さらに、そうした素材を製作しても、時間が経つとどうしても古臭くなってしまう。儲かりづらいので、新作を追加していくのも難しい。 

 素材集がニーズを満たせなくなり、さらには製作コストの捻出も難しくなったため、ソフトメーカー側も利用する人の側も、考え方を変えざるをえなくなった。要は「ネットから素材を探してくる」ことを基本とするようになったのだ。

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ソフトメーカー側の対策は?

 例えばマイクロソフトは、同社の「マイクロソフト・オフィス」で使われていた「オフィス・クリップアート」について、2014年に提供を停止している。その代わりにオフィスアプリに組み込まれたのが、適切なビジュアル素材を「ネット検索で見つける」機能だ。ブラウザに移動することなく、アプリ内から直接素材を探し、文書に挿入できるようになっている。

 

 もちろん、そのままでは「使用許諾」の問題が出る。ネットに公開されている素材も、許諾のない形で使うと「違法コピー」になる可能性がある。特に、企業が自社のウェブサイトやパンフレット、プレゼンテーション資料で使う素材の場合、「商用利用が可能」であると許諾している素材でないといけない。前述のマイクロソフト・オフィスの機能の場合、許諾がクリアーなフリー素材のみを検索対象とする機能があるのだが、「商用利用時のクレジットの有無」などの細かい条件までは把握しづらい。気をつけないと不正利用になることに違いはないのだ。

「いらすとや」が儲かる理由

 ここで話が「いらすとや」に戻ってくる。

 冒頭で述べたように、「いらすとや」は許諾範囲が最初から明確であり、イラスト素材の物量も多い。そのため、個人でも企業でも、安心して利用することができる。

 

 フリー素材は儲けが薄いもの、とされてきたが、「いらすとや」は大量の素材を用意したことで、その問題も解決した。「いらすとや」は基本的にウェブの広告で成り立っている。ページビューが多いほど広告費は増える。ページビューを増やすためには、来場者が増え、しかも、同じ人がたくさんのページを見てくれることが重要だ。大量にイラストがあって見るだけでも楽しく、必要なものを探すためにサイト内を行き来する人が増えれば、それだけ収益に直結する。しかも、他者から素材を買い取るのではなく、基本的には自分で描いているので、スピード面でもコスト面でも有利になる。

 フリーイラスト素材という世界で「いらすとや」が勝ったのは、質もさることながら量もあり、しかもそれをうまくビジネスに生かす構造があったからなのだ。みふねたかし氏は、イラストの腕とビジネスの非凡なセンスを兼ね備えていたので、ここまでの成功を収めたのである。