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東大生強制わいせつ事件で議論紛糾――小説『彼女は頭が悪いから』が果たした役割とは?

東大生に「挫折」はあるのか?

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「東大生の挫折」という議論の行方

 姫野さんは「三鷹寮を広い、と書いて、すみませんでした」と謝った後で言った。「待合室で、瀬地山さん、怒ってはんねん。なんでこんなに怒ってはるんだろうと思って……。いま胃の痛み止めを飲もうとして、落としてしまった。おなかが痛うなってきた」。その後しばらく「東大生の挫折」についての言い合いが続いた。瀬地山さんは東大生も山ほど挫折していると強調した上で、東大の中で落ちこぼれていて、その代償行為として事件を起こしたというのなら分かる、とまで言った。

 さすがにフォローが入った。主催者の林香里・東大大学院教授である。「『東大生の挫折』という重石、東大という『記号』は誰がつくり、誰が乗っかって、誰が挫折しているのかをみんなで議論する必要がある」「責めるべき対象は小説ではない。小説は重要なきっかけで、私たちにテーマを与えてくれている」

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「加害者は自分だと思っている」

 後半は、被害者バッシングの問題に話が及んだ。小島さんは「普段は東大という記号を面白おかしく消費しているかもしれない人たちが、なぜこの事件では『勘違い女、ざまーみろ』という感情を被害女性にぶつけたのか」と問題提起し、続けた。「勘違い女と言う人はひどいと思うが、学歴主義やブランドへの羨望は私にもある」。姫野さんも応じた。「加害者は自分だと思っている。この本に出てくる嫌なもの、汚いものは全部持っている」。聴衆の男性の一人も自らを問うたという。「加害者や被害者バッシングをした人たちの感情が、自分にもある。強い側に立った時に感じる快楽のようなものとの距離の取り方が、自分の中でテーマとして重くのしかかってきた」

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 終盤、フロアにいた東大大学院教授の矢口祐人さんが手を挙げて「この本には大きな真実がある」と述べた。「東大生たちが逮捕され、有罪になったのは紛れもない事実。なぜ起きたのか、二度とこうした学生を生み出さないためにはどうしたらいいのか、いろんなヒントを与えてくれる小説です。最後の場面で被害者に言葉をかける教員が出てくるが、われわれはそういう教員になれるのか、真剣に話し合う必要がある」。拍手が湧き起こった。

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 姫野さんは議論の途中で、今度はちゃんと薬を飲み、終わった後はぐったりした様子で、編集者に介抱されていた。私は姫野さんが気の毒に思えた。

 さて、この記事は担当の編集者から「中立的な立場で」との言葉を添えて依頼された。しかし、中立的であるというのはなかなか難しい。なぜなら私はこの本を、被害女性に感情移入して読んだからだ。

 あまりにも理不尽で、屈辱的で、許せない事件だった。でも読み進めていくと、加害者にも自分とつながる部分が見えてくる。だから自らの加害者性も見つめることになった。それでもやっぱり最後は、被害者に寄り添いたいという、祈りのような思いが残った。そして、できることなら伝えたかった。あなたは悪くない、と。

彼女は頭が悪いから

姫野 カオルコ(著)

文藝春秋
2018年7月20日 発売

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東大生強制わいせつ事件で議論紛糾――小説『彼女は頭が悪いから』が果たした役割とは?

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