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映画研究者が『ボヘミアン・ラプソディ』を10回見て考えた、ラスト胸アツの理由

1曲目であえて観客の顔を見せない意味 

2018/12/31
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4曲目「伝説のチャンピオン」で境界を越えるフレディ

 さて、全世界を熱狂の渦に巻き込んだクイーンは、勢いそのままに最後の「伝説のチャンピオン」の演奏になだれ込みます。この曲の演奏中にも、スタジアムの観客席やパブの客を写したショットが何度も挿入されています(たとえば、スタジアムで若者と老人が肩を抱き合う瞬間を捉えたショットはみなさんの印象にも残っていることでしょう)。 

「伝説のチャンピオン」の演奏後に、フレディは再び、そしてより力強い投げキスをします。ライヴ序盤の投げキスの際と同様に、このショットも、実家でテレビ視聴している母親のクロースアップに切り返されます。ですが、ここで画面に映し出される母親は、先ほどのように笑顔を見せる余裕を失っており、感きわまっていまにも泣き出しそうな表情を浮かべています。映画は、さらにダメ押しでクイーンのパフォーマンスに感動して思わず泣き出してしまう観客のショットを続けることによって、その“勝利”を決定的なものとします。 

 すべての演奏を終え、観客に別れを告げたクイーンのメンバーたちは舞台裏へと引き上げていきます。このとき、カメラはステージの背後から観客席側を見据えるように置かれています。ロジャー、ブライアン、ディーコンの3人があくまで観客席側に視線を送り続けているのに対して、フレディはその場でゆっくりと一回転します。 

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 私には、パフォーマーになるべくして生まれてきたと自負するフレディが、自身の全身全霊のパフォーマンスに対する人々(クイーンのほかの3人のメンバーを含む)の反応を確かめているように見えました。そして、フレディがちょうど180度回転してカメラの方を向いた一瞬、スクリーンの向こうにいるはずの彼と目が合ったように錯覚したのです。フレディはスクリーンという境界を越えて、この映画を見ている観客のことまで視界に収めていたのかもしれません。それに対する我々の「応答」は、すでにみなさんがご存知の通りです。 

映画研究者が『ボヘミアン・ラプソディ』を10回見て考えた、ラスト胸アツの理由

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