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亡命説の北朝鮮外交官 エリート一家出身の“素顔”を元同僚が語る

「当時の彼は北朝鮮体制にとても忠実だった」

2019/01/07

「北朝鮮の外交官にとって大韓民国へ来ることは選択ではなく義務だよ」(太永浩元駐英北朝鮮公使のブログ『太永浩の南北同行フォーラム』より)

 2016年8月に韓国に亡命し、現在、韓国で活動している太永浩元駐英北朝鮮公使が呼びかけた相手は、北朝鮮のチョ・ソンギル臨時代理大使だ。1月3日、チョ氏が亡命をはかっているという第一報(中央日報)が駆け巡り、5日に米国への亡命を打診しているという報道が出ると、太元公使は長い手紙を自身のブログにアップした。

金正恩労働党委員長 ©Getty Images

 北朝鮮で相次ぐエリート層の脱北。

 北朝鮮の外交官、中でも欧州からの亡命者は80年代から数人以上にのぼるといわれる。

 3等書記官として駐イタリア北朝鮮大使館に勤務していたチョ氏は、北朝鮮が2017年9月に6回めの核実験を行った後イタリア政府から追放された当時のムン・ジョンナム大使に代わり、同年10月に1等書記官となり臨時代理大使となった。昨年11月には交代となり、新しい駐イタリア北朝鮮大使館臨時代理大使の名前もイタリアに通知されたともいわれるがチョ氏が帰国通知を受けた時にはすでに姿はなかったという報道もある。

元同僚が語る、亡命した代理大使の素顔

 太元公使とチョ氏は共に北朝鮮の外務省ヨーロッパ局で働いた先輩・後輩の間柄だった。

 太元公使によると、チョ氏は1975年生まれで、太元公使と同じく、エリートコースといわれる平壌外国語学院を卒業後、平壌外国語大学フランス語学科を卒業し、1998年頃、北朝鮮の外務省ヨーロッパ局に入省したという。

太永浩元駐英北朝鮮公使(筆者提供)

 引き続き、太元公使の話。

「彼は、フランス語が非常に流暢で特に文献作成に秀でていて、局内でも優秀な人材という評価を受けていました。

 私は彼の政治的志向を党に報告する役割をしていましたが、当時の彼は北朝鮮体制にとても忠実でした。ただ、北朝鮮ではどんなに親しい同僚の間柄でも本音を知ることは不可能なのです……」

 そんな間柄でも、2008年、太元公使一家がローマを訪ねた際にはローマ市内やバチカンのサンピエトロ大聖堂を案内し、ひとつひとつ説明してくれるような仲で、太元公使の子息たちは「ソンギルおじさん一家がソウルに来てくれるといい」と言っているという(ブログの手紙より)。