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「あのスクープはこうして生まれた!」――「週刊文春」編集長による平成スクープ対談#2

「週刊文春」第13代編集長・花田紀凱 × 第20代編集長・新谷学 スペシャル対談#2

 小沢一郎、AKB指原、原辰徳で連続完売した舞台裏とは――『週刊文春』第13代編集長・花田紀凱 × 第20代編集長・新谷学が、今だから語れる秘話を明かします。『週刊文春 丸ごと一冊タンマ君 特盛!』に掲載された対談から一部転載(#1より続く)。

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花田 新谷編集長の時代で、一番売れた記事は何?

離縁された小沢一郎氏

新谷 「小沢一郎 妻からの『離縁状』」ですね。民主党鳩山由紀夫政権の幹事長職にある最高権力者が、3.11という国家の危急存亡のとき、放射能が怖くて地元の岩手に帰らなかった。しかも捨てたのは地元だけじゃなくて、「愛人を作って隠し子を作って、妻の私も捨てました。こんな男とは離縁します」と、人間・小沢一郎をこれでもかというぐらい赤裸々に綴った夫人の手紙です。

花田 あれはインパクトあった。ジャーナリストの松田賢弥さんが書いた記事だね。

新谷 あのとき、強く感じたことがあるんです。発売前日に各テレビ局の報道番組やワイドショーから軒並み電話が入って、内容を紹介したいと頼まれたわけです。宣伝になるからいいと思ってOKしたんだけど、結局どこも放送しない。なんでかなと思って知り合いのテレビ局の人間に訊いてみたら、小沢サイドから局の政治部に「もし『週刊文春』の記事を一行でも紹介したら、今後の付き合い方を考えさせてもらう」と連絡が入ったそうなんです。いまの記者って、自社だけ書けない特落ちを嫌がるので、みんなきれいに引いてしまった。自分だけ突出するからスクープなのに、それを恐れるなんて。

『週刊文春 丸ごと一冊タンマ君 特盛!』対談全文はこちらに掲載

花田 圧力に弱くなったんだね。甘利明TPP担当大臣の金銭授受の記事にしても、情報提供者は初めに読売新聞へ持って行ったんでしょう。だけど、記者はコーヒー代も払わずに帰っちゃった。大手メディアは取り上げないわけだからね。

新谷 そうなんです。だから、逆にチャンスだと思ったんですよ。編集長になったとき、他社の編集長経験者も含めていろんな人から「昔とは違う。インターネットもあってニュースの賞味期限も短いし、スクープで売れる時代は終わった」って、ずいぶんアドバイスされたんですよ。だけど、本当のスクープは売れると確信しました。他社がタブーや圧力に弱くなっているなら余計に、踏ん張っていれば突き抜けられる。その考えは、いまに至るまで変わってないですね。

花田 週刊誌にとってスクープは大事だよ。