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月の「裏側」に着陸 中国の宇宙進出は日本にとって脅威となるか

むしろ注視すべきなのは宇宙インフラの軍事利用だ

2019/01/18
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中国の「宇宙強国」化は、どのような影響を与えるか

 では、こうした中国の存在感が突出している状態は、日本ないし日米同盟にとって脅威となるのであろうか。答えはノーである。月の「裏側」に着陸したところで、「宇宙の憲法」と呼ばれ、中国も署名批准している宇宙条約は、月および天体の領有を認めていない。

 月の資源の所有権に関しては宇宙条約に定めはないが、中国が仮に月で稀少金属やレアアースなどを発見したとしても、それを地球に持って帰るコストは極めて高く、採算が合わない。また、その所有権を他の国(例えば日本)や企業と争うことがあった場合、領域的管轄権が規定されていないため、その所有権を保護することも難しい。

中国国旗を手に船外活動をする宇宙船「神舟7号」の宇宙飛行士 ©共同通信社

 月の資源を活用して、中国が火星や他の天体に向けた探査を行うとしても、それが日本にとってどのような脅威や障害になるのかは明確ではない。日本は民間企業であるispaceが月探査に関心を持っており、また宇宙航空研究開発機構(JAXA)はアメリカなどと協力して月ゲートウェイと呼ばれる月周回軌道に活動拠点を建設するプロジェクトの参加を検討しているが、それは中国の活動と直接ぶつかるものではない。

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 また、中国の有人宇宙飛行にしても、それによって宇宙からの安全保障上の脅威が襲ってくるわけではない。宇宙条約では地球周回軌道上に大量破壊兵器を配備することは認められておらず、仮に兵器を配備するにしても、人間の視力や能力よりも、機械やカメラの能力の方がはるかに高い。要するに宇宙飛行士が地球周回軌道上にいるとしても、それによって軍事的能力が高まるわけではない。

 有人宇宙技術によって中国が新しい素材や技術を開発し、それによって中国の産業競争力が高まる可能性はあるが、すでに日米もロシアも宇宙ステーションで長い滞在経験を持っている。さらに国際宇宙ステーションの実験室は商業的にも公開され、新しい技術や素材を試したければ試せる状態にある。しかし、それによって日本やアメリカやロシアの産業競争力が飛躍的に発展したという実績は今のところまだない。中国も同じことになる可能性は高い。

注意しなければならない、宇宙の軍事的活用

「神舟6号」が無事帰還して手を振る2人の飛行士(中国内モンゴル自治区) ©共同通信社

 むしろ、我々が中国の宇宙進出で脅威に感じるべきなのは、中国が宇宙インフラを整備し、軍事的に活用することであろう。

 2016年に発表された中国の軍制改革では、宇宙は「戦略支援部隊」に組み込まれ、近代化する中国人民解放軍の主要な統合インフラとして位置づけられた。中国はすでに高分解能の偵察衛星や通信衛星、さらには「北斗」と呼ばれる(アメリカのGPSに相当する)測位衛星を整備しており、アメリカに匹敵する軍事目的での宇宙システムを構築しつつある(まだその量は十分に追いついてはいないが時間の問題とみられている)。

 中国は海軍や空軍を世界に展開し、軍制改革で「ロケット軍」として独立したミサイル部隊の運用もより精度を増すことになるだろう。さらにドローンや精密誘導兵器、潜水艦の運用などの効率も上がり、その軍事能力は飛躍的に拡大するものと思われる。「戦略支援部隊」には宇宙だけでなくサイバー部隊も統合されているとみられており、宇宙機器に対するサイバー攻撃やジャミングなどを通じた中国の敵(アメリカとその同盟国)の宇宙活動能力を奪う、宇宙対抗能力(Counter-space Capability)も高めている。

 2007年に行った衛星破壊(Anti-Satellite: ASAT)実験は多くのデブリを軌道上にまき散らし、他の衛星にデブリが衝突するリスクを高めたが、これは中国の衛星のリスクも高めることになったことで、その後はASAT実験を行う場合も、デブリが発生しない方法をとっている。

 これらの軍事的能力の向上は明らかに日本に対する脅威となっており、日本の社会経済に浸透している衛星サービスも攻撃の対象になり得る懸念がある。政府はこうしたリスクを踏まえて、内閣府で「機能保証(Mission Assurance)」という概念を打ち立て、衛星によるサービスが失われても、その機能を様々な形で回復する方法を検討しており、その成果は2018年12月に閣議決定された防衛大綱にも書き込まれることとなった。