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ベテラン俳優・橋爪功77歳が語る「本当に撮影所がなくなったらおしまいだ」

橋爪功 時代劇「闇の歯車」の世界

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一獲千金を夢見る男たちのサスペンス時代劇

《日本の映像制作現場にとって大きな「財産」である、東映京都撮影所と松竹撮影所で、この度、新たに撮り下ろされたのが、藤沢周平原作の『闇の歯車』。情愛深い市井もののイメージが強い藤沢作品には珍しく、一獲千金を夢見る男たちが、押し込み=現金強奪という犯罪へ足を踏み入れていくサスペンス時代劇だ。橋爪が演じる伊兵衛は、「儲け話があるんですよ。一口、乗っちゃくれませんか」と、事情ありの4人の男を、次々と押し込みへと誘い込んでいく。》

©2019「闇の歯車」製作委員会 写真:江森康之

橋爪 どちらかというとハードボイルドもので、藤沢先生の作品にしては少し変わっているな、と最初に感じました。でも、脚本を読んでいて、すぐにこれは面白そうだと思いましたね。物語がはじまるのは逢魔が刻(おうまがとき)……夕暮れ時、魔物というか魑魅魍魎(ちみもうりょう)が蠢(うごめ)く時間帯のことなんですが、そんな言葉はもう古くて、現代では黄昏時というのでしょう。僕は昔からこの黄昏時っていうのが大好きなんですよ。どこか寂しいのと、きらめきが残って名残惜しいのとが相まって、空の色が何ともいいようのない感じで変わっていく。あの時間帯を逢魔が刻とは、昔の人もうまいことを言いますよね。

 そこから動き出すサスペンスの世界で、僕の演じる伊兵衛は、いわばフィクサー。僕自身、実際はそこまで人が悪くはないですよ(笑)。ただ、もともとフィクションが好きで、俳優として色んな人間を演じたいというか、色んな人間になることが心地いい。声色を変えたりなんかして、自分ではない何者かになっちゃえばいいわけで、そういう時はとても穏やかな気分になる――まぁ、特別に意識しているわけではなく、お相手の方の芝居を受けて自然に芝居をやっています。

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瑛太さんとはもうずっと真剣勝負だった

 よく三人三様といいますが、『闇の歯車』の主要な登場人物は五人五様で、いずれも個性的な人間ばかりだったから、非常に楽しかったですよ。なかでも瑛太さん(佐之助役)は、町人のくせに闇の匂いのする奴で、仲間に引き入れる途中までも手強いし、とにかく伊兵衛として、あいつとは押し込みに入るまでもうずっと真剣勝負でした(笑)。

©2019「闇の歯車」製作委員会 写真:江森康之

 もっとも、それぞれを仲間に誘うところ、たとえば瑛太さんとの居酒屋の場面、大地康雄さん(弥十役)との市中での場面、どちらもまったく色合いは違いますが、共通しているのはシークエンスが非常に短いことです。セリフも見事なまでに必要最低限のものしかなくて、もともとの脚本もそうですが、現場で監督が削るようなこともありました。おそらく絵柄や照明、それから音楽も含めたリズムで、この時代劇を見せていくという自信が、監督ご自身におありだったようにも思います。僕はぜんぶ監督におんぶに抱っこ、丸投げ状態でしたから楽なものでした(笑)。

《全幅の信頼を寄せられている監督とは、これまでにも『鬼平犯科帳 THE FINAL』、北大路欣也版の『剣客商売』や『三屋清左衛門残日録』シリーズなどを手掛けた、山下智彦である。父の山下耕作、兄の耕一郎も、京都を本拠地に監督として活躍する映画人だった。》