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2019/02/10

戦略3:イベントでファン層の若返りを狙おう

 クイーンのファン層にはいくつかの世代がある。初期からクイーンを追っているファンだと既に60代以上だろうし、ライヴエイドあたりからファンになった人もいる。著者はフレディが亡くなった後に「ボヘミアン・ラプソディ」を初めて聞いて、それ以来20年以上、女王の臣下だ。その後もテレビなどで曲が使われたので、それをきっかけにファンになった人もいるだろう。

 ある作品が正典化されるのに最も重要なのは、ファン層のアップデートだ。どんなにファンがたくさんいても、高齢化して後に新規層が開拓できないと、作品が価値あるものとして受容されることはなくなる。この記事で指摘されているように、親が聴いていたのがきっかけでクイーンを聴くようになったという世代が既にいるが、若者にアプローチするというのはファン層の再生産として大変有効だ。

 映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、見事にファン層をアップデートした。この映画は、今までクイーンを聴くことがなかった若い世代に楽曲を届けるきっかけになっている。批評家の間ではこの映画の評判はあまり良くないし、実を言うとこの記事の筆者もこの映画の内容が好きではなく、クイーンの魅力の半分もまともに伝えていないと思っている。しかしながら、応援上映やコンサート映画が流行っているこのタイミングで、まるでライヴのように楽しめるこの映画がイベント的に公開されたことは、ファンの新規開拓という側面では非常に大きいし、マーケティング戦略としては大成功だと言える。

シェイクスピアにも『ボヘミアン・ラプソディ』があった

 実を言うと、シェイクスピアについても『ボヘミアン・ラプソディ』ばりのイベントがあった。1769年にシェイクスピアの故郷、ストラトフォード=アポン=エイヴォンで実施された世界初のシェイクスピア祭、シェイクスピア・ジュビリーだ。このイベントは当時の舞台の大スターであるデイヴィッド・ギャリックが主催したものだったが、シェイクスピア劇は1本も上演されず、コスプレパーティとかグッズ販売とか、今のファン大会のような催しがいろいろ行われた。

 後世の研究者からすると、こんなイベントはシェイクスピアの魅力を全く伝えていない、よくわからないお祭り騒ぎみたいなものだが、それでもシェイクスピアの正典化においてはこのイベントの意義はとても大きかった。かなり若い人も含めて遠方からたくさんの参加者が集まってきたし、さまざまな定期刊行物でこのイベントが報道され、シェイクスピアに対する関心をかき立てたからだ。

正典は権力やトレンドのバランスで移り変わる

 筆者はシェイクスピア・ジュビリーや『ボヘミアン・ラプソディ』に美的な価値があるとはあまり思っていないが、それでもこういうイベントを支えなければいけないと思っている。研究者らしくない客観性に欠ける発言になってしまうが、筆者はシェイクスピアやクイーンが人類の偉大な文化的遺産だと思っており、それを古くさい遺物としてではなく、現在進行形で楽しめるものとして後世に残したいからだ。

 芸術作品における正典というのは、ちょっとした権力やトレンドのバランスで移り変わる可能性があり、作品じたいが美しく楽しいからというだけで正典の地位をキープし続けられるわけではない。できるだけ賢いマーケティング戦略をとって、こうした作品に人々がアクセスできるようにしなければならない。