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連載松尾諭「拾われた男」

松尾諭「拾われた男」 #21 「メキシコで目を疑うほど巨大なイカを釣った日」

2019/02/10

genre : エンタメ, 芸能

 母方の祖母は、何の仕事をしているのかよく分からないが、金回りのいい人で、遊びに行くといつも小遣いをくれるので好きだった。彼女は阪神の大物駅近くのマンションの二階に一人で住んでいた。そのマンションの三階にはずいぶん前に離婚した祖父が住んでいて、四階には祖母とずいぶん仲の良い、これまたなんの仕事をしているのか分からない男性が住んでいた。祖母は旅行が好きで、年に一回は四階に住む男性と海外旅行に行き、帰ってくると「あんたも大きなったら一緒に行こな」と言ってお土産のキーホルダーをくれた。カメハメハ大王、エッフェル塔、京劇の仮面、ピラニアの干物、ブードゥーの人形などなど、煎餅の空き缶には祖母の買ってきてくれたキーホルダーが年々溜まり、それを手にとっては遠く離れた異国の景色を夢想し、大きくなったらいろんな土地を巡りたいと子供ながらに想った。

 その後、祖母と一緒に海外に行く事は叶わなかったが、大学に入って留学生や帰国子女の友達ができると、海外への憧憬が再び強くなり、お決まりのように沢木耕太郎の「深夜特急」に影響されて、お決まりのように、まずはインドへ行きたいと「地球の歩き方」を買った。大学にもろくに行かず、バイトをしては遊んで暮らすような毎日を送っていたので、旅行に行く時間はいくらでもあったのだが、いくらバイトをしてもどういう訳か金が貯まらず、結局大学にいた三年間、インドどころか海外へ行くことはなかった。

 大学を辞めてからは心斎橋のレコード屋に入り浸り、だらだらと音楽を聴いて、だらだらとレコードを買いながら、定期的にレコードの買付けに海を渡る店長の、隣近所のように話すニューヨークという街の話を聞いているうちに、いつしか本場でジャズを、本場でヒップホップを聴いてみたいと思うようになり、「地球の歩き方」を買い、ついにパスポートを取得したが、やはり金が貯まることはなく、二十四年間一度も海を渡ることのないままに上京し、貯金どころか借金まみれとなるのである。

松尾さん出演情報 『JOKER×FACE』毎週(月)24時55分~25時25分放送 FODで先行配信中 ©フジテレビ/ソニー・ミュージックエンタテインメント

おもしろい仕事が決まったと告げられた

 少なからずの紆余曲折を経て六年間同棲した彼女となんとか入籍したものの、同棲生活とさして変わる事のない結婚生活を送りつつ、大ヒット連続ドラマに出演して、やっとアルバイト生活から抜け出せたと思ったのもつかの間、出演オファーはぽつりぽつりとしか来ず、当然収入もぽつりぽつりとなったものの、特に危機感も持たずに毎月のように事務所から前借りをしていると、その総額がいつの間にかとんでもない額となっている事に気づいて再びアルバイト生活に逆戻りしたが、友人に紹介してもらった高額バイトのお陰で、少しずつ借金を減らしながら特に生活に不自由することもなく、役者の仕事が来ない事にもなんだか慣れ始めていた東京で迎える八度目の春。久しぶりに鳴った事務所からの電話に応えると、おもしろい仕事が決まったと告げられた。ひと月以上ぶりにきた、その役者としての仕事は、映画でもドラマでもなく、旅番組だった。

 その番組は、若手の役者やタレントが海外でホームステイしていろんな事に挑戦し、帰国の際にはお約束のようにウルウルと涙を流すという、人気旅番組だった。いつかは出たいと思っていたものの、出られる訳がないと思い込んでいたので、告げられた時はほんの一瞬小躍りした。だがこの番組の傾向として、美しい俳優や女優はオシャレな国に行ってオシャレなものを作ったりするが、そうではない三から四枚目の役者は、ジャングルでほとんど裸で虫を食べたりするようなロケが多い印象だったので、恐る恐るどこへ行くのかを尋ねると、含んだように「内緒」と返ってきた。決して楽な仕事ではないのだろうと覚悟した。

 早速打ち合わせのために番組制作会社を訪ね、女性プロデューサーと面会した。彼女はいくつか簡単な質問をしたあと「では」と一呼吸おいて旅先と目的を発表した。

「メキシコへ行ってもらいます」

 反射的にサボテンのイメージが頭に浮かんだ。女は続けた。

「世界自然遺産に登録されたバハカリフォルニア半島の町で、イカ釣りに挑戦してもらいます」