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特集
芥川賞直木賞 作家の素顔 受賞者、候補者、選考委員。それぞれのドラマ

瀧井 朝世
2017/01/25

直木賞作家・恩田陸 書き続けるのは「読者としての意地、ですね」

構想に12年をかけた『蜜蜂と遠雷』で第156回直木賞を受賞した恩田陸さん。受賞が決まった翌日(1月20日)、雑誌やテレビなど複数の取材が控えるなか、撮影前の身支度をされている恩田さんを訪ね、受賞会見の後日談、受賞作の執筆秘話を伺いました。(インタビュアー:瀧井朝世)

――このたびは『蜜蜂と遠雷』での直木賞受賞おめでとうございます。昨晩の発表から一夜明けて、そろそろ実感はわきましたか? 

 実感はまだないんです。まさか直木賞が自分に関係あるとは思わなかったので。ただ、会見でも言いましたが、候補にしていただけると第一線にいるんだなと思えたので、励みになったというか、ありがたかったです。

――月並みな質問ですが、受賞後最初にどなたかに伝えましたか? また、会見後はどのように過ごされたのでしょう。

 母親に電話をかけたのに出ないなと思っていたら、両親のところにも電話が殺到していて、今日になってからようやく話せました。喜んでいました。昨日は大箱の居酒屋で待ち会を兼ねた新年会をしていて、会見後にはそこに70~80人の編集者が集まってくれました。100人いたのでは、とも聞きました。2時半くらいまでやっていましたね。各社のいろんな編集者と仕事をしてきているので、みなさんほっとしているのではないかと思います。

――それにしても、直木賞が恩田さんに関係ないわけないじゃないですか。

 いえ、プロになった時、直木賞は一回も考えなかったんです。でも吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞は欲しいなと思っていました。私の好きなミステリーやエンターテインメントの方が獲っていらっしゃる賞だったので。私は本名が山本周五郎の小説からとっているので山本賞にもすごく縁は感じていますし(笑)、本屋大賞はプロになってはじめていただいた賞なのでとてもありがたく思っているんですけれど。

――ちょうどデビューから25年、構想から12年の大作での受賞というのもドラマティックですね。恩田さんは日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作『六番目の小夜子』でデビューされていますが、この賞出身作家の直木賞受賞ははじめてではないでしょうか。

 あれ、そうでしたっけ。それはめでたいですね。日本ファンタジーノベル大賞は一度募集が中止になりましたが、今年再開が決まって、私が選考委員をやることになっているんです。

「直木賞受賞者はこんなこともされていたんですね」と恩田さん。 ©鈴木七絵

――さて、受賞作はひとつのピアノコンクールが開催される2週間の物語です。コンテスタント(コンテストの挑戦者)のピアニスト4人をメインに、審査員らの視点も交えながらコンクールの行方を追っていく長篇です。最初にピアノコンクールについて書こうと思ったのは12年ほど前だそうですね。

 浜松国際ピアノコンクールで、予備審査のオーディションから勝ち上がった無名のコンテスタントが最高位を獲得し、その後権威のあるショパン国際ピアノコンクールでも優勝したという話を聞いたんです。それで、ピアノコンクールについて書いてみたくなり、取材のために浜松国際ピアノコンクールに聴きに行ったのが最初です。私もピアノは中学生くらいまでは習っていました。高校生の頃までは弾いていたんですが、大学時代はアパートでの一人暮らしになったのでその後は全然弾いてないんです。でもピアノを聴くのはすごく楽しかったんです。

才能ってなんだろう

――コンテスタントはみな並みならぬ才能の持ち主ですが、みなタイプが異なります。恩田さんはこれまでも異能の持ち主を小説に登場させることが多かったですが、そうした人々に惹かれるところがありますか。

 すごくありますね。自分にもそういう力が欲しいというのはあります。『蜜蜂と遠雷』の場合は本選に残る人たちが出てくるので、当然ある程度才能もある人たちの話になる。なので、才能ってなんだろう、ということをテーマのひとつにして、きちんと書いてみることにしました。実際にコンクールを見てみて、才能って何タイプもあるんだなと思ったんですよね。

――書いていて一番難しかったのは誰ですか。

 風間塵ですね。最初に思いついた人物で、この小説のトリックスターです。天然の天才なので予測不能なところがあって。いまだに把握しきれていないかなと感じています。彼にあわせて、他のコンテスタントのタイプを決めていった感じです。演奏シーンは弾く側というよりも聴く側の気持ちになって、こんなふうに弾かれたらびっくりするよね、と思いながら書き進めました。

――一次予選から本選まで、彼らの演奏を全曲、描写方法を変えながら文章で表現していますね。そこに圧倒されました。

 最初から最後まで書くというのがひとつのミッションだったので、演奏もはしょらずに書こうとは思っていました。分かってはいたけれど、やってみたらやっぱり大変でした。でもそこが面白く書ければ、私も進歩できるな、というのがあったんです。それに文章にしてみると意外に小説と音楽は相性がいいなと思いました。読んだ人がそれぞれ自由に頭の中で違うイメージを鳴らせるというのは、小説でなければできないし。大変でしたけれど(笑)。それにここまで聴きこんだことは私の財産になりました。耳も少しは肥えたなと思います。結果的に長期連載になってしまったんですけれど、長い期間にわたって聴けたというのが結果オーライでよかったな、と(笑)。

――コンクールの結果はどのように決めたのですか。

 最後まで決まらなかったんです。途中までは風間塵を三次で落としちゃおうかなとか、さすがにスターをここで落としたらまずいかなとか思っていました。本選を書いている時でも、結果を書かずに終わらせようかな、って(笑)。でもなんとなく、最後にある審査員のナサニエル・シルヴァーバーグと嵯峨三枝子の会話がするっと出てきて、それで順位が決まったという感じです。

――今回の作品は、コンクールの参加者たちがライバル心剥き出しで競いあうというよりも、互いの演奏を称えつつ、影響を与え合い高め合う様子が感動的でした。小説の世界でも、そういうことはあるでしょうか。

 あると思いますね。やっぱり私も同世代の作家さんを意識しますし、人間同士でないとインスパイアされないものはどの世界でもあると思います。気になる同世代の作家さんはいっぱいいるので名前を挙げきれないですけれど、そうですね、同じ日本ファンタジーノベル大賞の方とかは、わりと気になりますね。

――作中のピアノコンクールでは年齢制限がありましたが、文学には年齢制限はないし、長く続けていないと見えてこないものもあるのでは。

 ピアノの世界でも年齢に関係なく純粋に審査しようという話も出てきているみたいです。確かに小説は何歳からでもデビューできるし、量あっての質だと思うので、長く続けることも大事ですよね。なんでも仕事は続けることが大変なんですけれど、継続は力なりというのは本当だな、と。

いろんな面白さを書いていきたい

――『蜜蜂と遠雷』も、作家生活25年だからこそ書けたと思いますか。

 はい、これだけ時間がかかったから書けた、というのはあります。取材と並行しながら、本当に試行錯誤しながら書きました。大変だったけれど、勉強になりました。

――恩田さんにとって、ずっと書き続けるモチベーションは何ですか。

意地、ですね。落ち着かないで、チャレンジし続ける。縮小再生産に陥らないで済むようにやっていたいなというのは常に考えています。

 もう一つは、読者としての自分の意地だと思います。もっと面白いものを読みたいという、読者体質がどこかにあって、今はがっかりしたくないというか、読者としての自分をがっかりさせたくないという意地です。

――小説を書いているときに、念頭に常に読者としての自分がいるということ?

そうですね、自分と読者と。いつも自分と同じようなものが好きな読者のことを考えています。

――今後は、どのような小説が書きたいですか。

 これまでは途中でやめられなくなって一息に読めるものが面白い小説だと思っていたんです。でもだんだん、面白さというのもいろいろあるんだと分かってきて。一気に読める面白さもあれば、縁側で居眠りしながら読む面白さもあるし、読み終えた後で思い出した時にいいな、と思う面白さもある。いろんな面白さを書いていけるようになりたいなと思っています。

蜜蜂と遠雷

恩田 陸(著)

幻冬舎
2016年9月23日 発売

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