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白血病で死ぬなんて安直な小説は書かないぞ、と思っていた。でも、白血病で死ぬことは安直なことではない。それどころか普遍的なこと。──長嶋有(後編)

話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」

2017/01/29

genre : エンタメ, 読書

note

30代後半の仕事は即目覚しい評価を受けたわけではなかった。でも、そこで使った筋肉があったから、谷崎賞の受賞につながったと思う。

問いのない答え (文春文庫)

長嶋 有(著)

文藝春秋
2016年7月8日 発売

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――話が前後しますが、13年に刊行した『問いのない答え』はいかがでしょうか。長嶋さんはあの震災直後、実際にTwitter上で呼びかけて「それはなんでしょう」ゲームをされていました。そのゲームに参加していた各地の人の日常が混然と描かれていく長篇が『問いのない答え』だったわけです。

長嶋 あれはまったく売れなかったけれど同業者からすごく褒められたから報われたと思いたい、でもめげました。なんか、アングリーなものを書いたから。何かに怒っている小説を書けば社会派で立派だという単純なことでもないけれど、シリアスに語ったのに、シリアスな場で云々されないな、っていう感覚があった。剛速球を投げたのに無視されるような……。

――すごく話題になったと感じていましたが……。SNSで実際に見知らぬ人たちが繋がっていったということも含めて、すごく意味のあることだったと思います。

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長嶋 そうかもね、そのことはノンフィクション的にも。それは震災に意味があったということだよね。もちろん、いいことだったという意味ではない。震災が自分の人生に何か、必ず影響を及ぼして、新たな人と繋がることになった。それを絆みたいな言葉で言うのは安直で格好悪いことだけど、絆という言葉に収斂されちゃう人付き合いが生まれたのは確かだよね。

――単行本では1行アキもなくどんどん場所や視点人物が変わっていく作りでしたが、文庫化する時に変えたそうですね。

長嶋 そう、文庫では第1話、第2話……と分断しました。単行本とは違うものにしたほうが、意味があるんじゃないかと思って。単行本の価値を高めたい気持ちもありました。単行本のほうが過激で読みにくいぞ、と。そっちが好きだというのは読みズレした人の意見だとも思う。単行本を出した時、シームレスになっているところにみんな驚いたでしょう? でも読みズレしていない人にとっては、あれはただの不親切なんだよきっと。だから格好いいという自負はあるけれど。文庫はより間口を広くするものだから変えたんです。

――ところで、長嶋さんのターニングポイントがあるとしたら、どのあたりでしょうか。

長嶋 2007年に『夕子ちゃんの近道』で大江健三郎賞を受賞したことですよね。なんか、破天荒になんでもやっていいんだな、と思いました。大江さんの小説が自由だったんですよ。自己言及みたいなものが多かったり、同じモチーフを丹念に蒸し返したりするってことが過激に見えて、読みやすくするとか読者サービスするとかはいらなくて、読みにくくていいんだ、みたいな(笑)。それでも支持者が大勢いるわけで。それを思った時に、なんか破天荒でいいんだと思って、『ぼくは落ち着きがない』(08年刊/のち光文社文庫)も破天荒な本になりました。でも勢いづいていたものの、その次の『ねたあとに』も売れなかったし、30代後半にやった仕事は必ずしも思ったほど即目覚ましい評価を受けたわけではなくて。なんか気持ち的にはめげていたよな。でも「五号室」で谷崎賞を獲った時、講談社の人は「私は『佐渡の三人』が谷崎賞でもいいと思いました」って言ってくれたし、リトル・モアの人も「『愛のようだ』が谷崎賞でもよかった」と言ってくれたし、集英社の人も「谷崎賞と聞いた時、『愛のようだ』と『三の隣は五号室』とどっち? と思った」と言ってくれたのが、なんか地味に報われました。でも何も書かずに5年ぶりに『三の隣は五号室』を出しても受賞はしなかったと思う。『佐渡の三人』や『問いのない答え』や『愛のようだ』を複合的に見られて受賞したということではなくて、そういうものを書いて、筋肉を使っていたから受賞したんだと思う。

夕子ちゃんの近道 (新潮社)

長嶋 有(著)

新潮社
2006年4月27日発売

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――長嶋さんは、楽しく遊び心たっぷりに書いているように見えるんだけれど実はものすごく難しいことをやっていますよね。

©佐藤亘/文藝春秋

長嶋 そこですよ、テクってやつですよ! でも苦労しているけれど、書けてるってことは、きっとそんなに大変じゃないんだよ。1万通りの書き方があって選べなかったら苦労すると思うけれど、実際にはガスの元栓みたいなことを1個思ったら、そこからこの人はこう、あの人はこうと振り分けていく思いつきは1万通りじゃないから。ガスの元栓ということにひとまず着目すれば、そこから先の発想はそんなに種類がない。途方に暮れるみたいなことがないわけ。木が1万本生えていて、どの木を切ればいいんだとはならない。それが読む人には選び抜いた何かに見えるだけじゃないかな。

 でも、自分は家電文学(『電化製品列伝』08年刊/のち講談社文庫)の本も出しているくらいだから、全部家電のことばかりになってしまわないように気を付ける、ということはあったな。まあ、それくらいのことであって、そんなに難しいことではないのよ。

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