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徳川家康にも力量を高く評価された戦の名人主家が次々滅び“厄神”と呼ばれた男の半生とは

『くせものの譜』 (簑輪諒 著)

 簑輪諒さんは、戦国時代を舞台に、誰も知らないような人物を主人公に据えて作品を発表し続ける異色の書き手だ。2014年に歴史群像大賞入賞作『うつろ屋軍師』でデビュー。ほぼ無名の江口正吉という武将の活躍を描き、続く第2作『殿さま狸』でもマイナー武将を取り上げた。最新作『くせものの譜』では、戦国武将・御宿勘兵衛(みしゅくかんべえ)の生涯を描くが、この名前を知らない読者も多いのでは。

 勘兵衛は戦の名人として名を馳せ、敵方の徳川家康にも力量を高く評価されていたという。晩年は豊臣家に仕え、大坂夏の陣で戦死したが、その首級は天下一番首の真田幸村に続き、天下二番首と称されたほどだ。このエピソード一つとっても、勘兵衛の名声が広く知れ渡っていたことがわかる。それほどの人物であるにもかかわらず、なぜ彼の名前は歴史の表舞台から消えてしまったのか。その謎と魅力に迫ったのがこの作品だ。

「御宿勘兵衛は、実力があるのにずっと負け続けているところが面白い。仕えた主家がことごとく滅びていくのは、運が悪かったとしか言いようがありません。最後に参戦した大坂の陣でも、その能力を高く買われながら小隊長の役割しか与えられませんでした。華々しく活躍できなかったことには憐れみを感じますし、負けがわかっている戦いで死んでしまったのは愚かでもある。でも、結果が出なかったからといって、その人の挑戦が無意味なわけではないでしょう。世の中には才能があっても世に出られない人がたくさんいますよね。報われなくても、何かをなそうとする人に僕は愛着を感じるんです」

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 若き勘兵衛は、信濃の依田信蕃に仕える。信蕃は、勘兵衛が武田信玄の孫にあたるという噂に目をつけていた。武田家の再興を画策する信蕃は、武田の血筋を利用しようとしていたのだ。しかしその目論見はあっけなく崩れ去り、信蕃自身も討たれる。だが、不可能とも思える野望を持ち続けた信蕃の生き方は、勘兵衛の行動の指針となった。主君を失った勘兵衛は、牢人として戦国大名を渡り歩くことになる。勘兵衛の仕えた佐々成政や北条家などは、次々と豊臣家に滅ぼされ、彼はいつしか“厄神の勘兵衛”と忌み嫌われるようになっていった。本作では、勘兵衛の半生をたどることで、歴史に埋もれた敗者たちの群像を見事に立ち上がらせていく。

「群像劇なのをいいことに、僕の思い入れの強い武将たちを登場させましたが、なかでも佐々成政が好きですね。織田信長亡き後、たった1人で秀吉に歯向かっている。常識とかけ離れた動きをしているので、思わず注目してしまいます。これまでその行動は織田家への忠誠のためだと言われてきましたが、もっと別の理由があるはずだと思い、この小説で僕なりの新解釈を提示してみました。

 世間的にはマイナーな人ばかり書いているので意外に思われるでしょうが、司馬遼太郎先生に影響を強く受けているのかもしれません。司馬先生の小説を読んでいると、人と違う発想で行動している人が多い。例えば、『燃えよ剣』の土方歳三だって変人じゃないですか。世の中が尊王だ攘夷だと騒いでいるときに、その政治的混乱とはまったく関係なく新選組を強くすることだけ考えているなんて。そのひたむきさに共感してしまうんです。まだまだ駆出しですが、それ誰? という人物を、司馬先生のように面白く読者に伝えられるよう精進していきたいです」

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くせものの譜

簑輪 諒(著)

学研プラス
2016年1月26日 発売

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簑輪諒(みのわりょう)

1987年生まれ、栃木県出身。2014年第19回歴史群像大賞入賞作品『うつろ屋軍師』でデビュー。他の著書に『殿さま狸』。

徳川家康にも力量を高く評価された戦の名人<br />主家が次々滅び“厄神”と呼ばれた男の半生とは

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