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ワタミ渡辺美樹よ「和解は免罪符ではない」

source : 週刊文春 2015年12月24日号

genre : ニュース, 社会, 働き方, 企業

 12月8日、東京地裁で歴史的な和解が成立した。

 ワタミは、新入社員だった森美菜さん(26・当時)が過労自殺に追い込まれた責任を認め、損害賠償金として約1億3千万円を支払うだけでなく、創業者の渡辺美樹自民党参院議員の法的責任も認めた。7項目の過重労働再発防止策に加え、研修会への参加など、これまで業務と認めてこなかった労働時間の未払い残業代の支払いや、課題図書やブレザーなどの購入代金を社員に返還することもワタミは約束したのだ。

 美菜さんの過労自殺の責任を認めるよう求めてきた両親の訴えがきっかけとなり、ワタミは「ブラック企業」と厳しい批判を浴びるようになった。

和解の記者会見での森夫妻 ©共同通信社

 父・豪さんが7年半の戦いを振り返る。

 美菜が自ら命を絶ったのは、入社から約2カ月が経った2008年6月12日未明のことでした。社員寮近くのマンションの7階と8階の間にある踊り場から飛び降りたのです。その日は激しい雨で、発見されるまでの約3時間、娘は冷たいアスファルトに横たわったまま、雨に打たれ続けていました。

 あの日から、私たち家族の時間は止まったままです。目を閉じれば娘の顔が浮かびます。

 美菜は希望にあふれてワタミに入社しました。私たちは、地元に残るように勧めましたが、ワタミの掲げる理念に共感したようです。

「利益追求だけでなく、社会貢献もできるところに魅力を感じた」

 と話していたのを覚えています。農業と食に関心を持ち、人と繋がる仕事に就きたいと考えていた娘にとって、渡辺氏が「有機農業の発展」を掲げ、農業子会社を持つワタミは、理想的な会社に思えたのでしょう。

 配属が決まった後も「居酒屋で3年くらい頑張れば、農業の仕事ができるかもしれない」と嬉しそうに話していました。

改ざんされていた勤務表

 配属された「和民」京急久里浜駅前店で、娘は刺場(さしば)という部門を任されました。刺身やサラダ、デザートを受け持つ刺場の仕事は、注文から15分以内に料理をお客さんに提供しなければなりません。注文量も多く、スピードと丁寧な盛り付けが要求されます。

 美菜は10日ほどの座学を受けただけで、キッチンに入り、仕事をこなさなければいけませんでした。本格的な調理の経験などなかった娘ですが、調理場にマニュアルを持ち込んで、不慣れな仕事に懸命に取り組んでいたそうです。

 当時、ワタミでは店舗での勤務時間とは別に、渡辺氏の唱える「理念」を学ぶ研修会や、著作を読んで感想を書くレポートが課せられていました。居酒屋での深夜勤務後、娘は早朝の研修や休日のボランティアにも欠かさず参加していました。真面目な性格の美菜は、入社からずっと無遅刻・無欠勤だったそうです。

 しかし、過酷な労働は心身を喰んでいきました。5月15日には、手帳にこう書き込んでいます。

〈体が痛いです。体が辛いです。気持ちが沈みます。早く動けません。どうか助けて下さい。誰か助けて下さい〉

 翌月、会社に提出したレポートには、

〈家族には、安心していてもらいたいと思う。しかし、そのうちHELPを求めることになるかも知れない。でも、出来ればそれは避けたい〉

 同期の方によれば、この頃の美菜は「びっくりするほど痩せていた」そうです。

「なぜ娘は死ななければいけなかったのか」

 この問いに答えることができなければ、私たちは前に進めません。

 私たち夫婦は、約2カ月後、横須賀労働基準監督署に労災の申請を行いました。

 美菜に「あなたのせいじゃないんだよ」と言ってあげたかった。娘の責任ではないということを証明したかったのです。

 労災申請や裁判では、妻の強い思いが一番の原動力となりました。娘を亡くした当初、妻は「涙も出ないくらい悲しい……」と言って、ずっとふさぎ込んでいました。家事も手につかず、私が料理学校に通ったこともあったほどでした。

過酷な勤務の様子が少しずつ見えてきた

 そんな妻を突き動かしたのは、渡辺氏から届いた弔電です。そこには、娘の死の原因が“心の病”にあったと書いてありました。

 まだ娘の死因すらはっきりしていない状況で届いたその弔電を、私は葬儀の時には妻に見せることができませんでした。

 1カ月ほどしてから、その弔電を目にした妻は、猛烈に怒ったのです。

「死んでしまった娘は何も言えないから、私が代わりに言いたい。戦いたい」

 妻はワタミに電話し、娘が働いていた約2カ月間の労働実態の報告を求めました。その過程で、過酷な勤務の様子が少しずつ見えてきました。

 苦労の末、連絡がついた美菜の同期入社の方から協力を得ることもできました。当初、ワタミが公開した美菜の勤務表は勤務時間などが、都合のいいように改ざんされ、実態とは大きく異なるものでした。しかし、事実を知る有力な証言者を得て、ひとつひとつ矛盾をつき、実態に迫っていくことができたのです。

 判明した美菜の残業時間は最長で月141時間にのぼり、私でもとてもこなせないようなブラックな実態がわかりました。

政治活動に忙しいワタミ創業者の渡辺美樹氏 ©文藝春秋

 09年7月、一度は労災を不認定とする判断が下りました。到底、私たちは納得することができませんでした。すぐに、神奈川労働者災害補償保険審査官に再審査を申し立てました。

 熱心な審査官の方に巡り合ったこともあり、12年2月、ついに美菜の死は、過重労働による自殺との労災認定を受けることができました。

 しかし、ワタミとの戦いは、これでは終わりませんでした。5月には示談交渉がスタートしましたが、ワタミの対応は不誠実なものでした。

 私たちが何より望んでいたのは、謝罪と再発防止です。しかし、明確な再発防止策は示されず、「ただちに安全配慮義務違反が存在するとはいえない」と、会社の責任を否定する姿勢を見せたのです。

 この時、私たち夫婦をサポートしてくれたのが東部労組の須田光照さんです。須田さんのアドバイスを受け、「最もワタミを知る渡辺氏と直接話し合いをするしかない」と考え、要望を出しました。

 直接質問しようと、ワタミ本社に出向いたこともありました。しかし、会社側からは「面談には1度だけ応じますが、労働組合関係者らの出席は一切不可。また録音はしないことが前提」という条件付きでした。

 そんな矢先の11月29日、私たちはワタミから民事調停の申し立てを受けました。普通、民事調停とは被害者側が申し立てるものです。こうした対応には心底驚き、また怒りを覚えました。

死後も残った「死ぬまで働け」

 調停が続く中、森さんは衝撃的なニュースを知る。13年5月、渡辺氏は「経営力で日本を取り戻す」をキャッチフレーズに、自民党から参院選に出馬することを表明したのだ。

 この時、小誌が報じ、ワタミを象徴する言葉として反響を呼んだのが、「理念集」にあった「365日24時間死ぬまで働け」だ。

 渡辺氏の言葉をまとめた「理念集」は、入社時に、社員に配布される。社員たちは一言一句を暗記する理念テストという試験も課せられていた。

「365日24時間死ぬまで働け」という文言は、美菜さんが過労自殺した後も、「理念集」に掲載され、社員たちに共有され続けていた。

 厳しい批判にさらされた渡辺氏は、辛うじて比例16位で当選を果たす。

 調停の結果が出ていないのに、国政を目指す渡辺氏の姿勢には疑問を感じていました。

 13年11月、民事調停は決裂します。その年の12月、私たちはワタミと渡辺氏を被告とした裁判を起こします。なぜ、渡辺氏個人も被告にしたか。それは民事調停を続けるなかで、ワタミという会社は、渡辺氏そのものと実感したからでした。創業者として経営に携わり、渡辺氏の言葉は「理念集」として社員全員に配られています。過去には「(ワタミは)爪の先まで自分のもの」とも発言していました。ですから、渡辺氏の法的責任も追及しようと考えたのです。

 14年3月、渡辺氏は1度だけ、この裁判に出廷しました。渡辺氏はこう証言しました。

「風評被害に困っている。道義的責任は感じるが、法的責任はないと思う」

 審査官の調査すら、全否定しようとするその発言に、私は娘の死をなかったことにしようとしていると感じ、大きな憤りを覚えました。

 謝罪の言葉もありましたが、到底、心からの謝罪として受け止めることはできませんでした。

 法的責任を認め、原因を究明し、再発防止策を講じる。こちらの主張がきちんと認められるまで、私たちは最高裁まででも争う覚悟でした。

 この頃、ワタミの経営は悪化の一途をたどっていた。13年度は上場初の赤字に転落し、14年度は126億円の赤字を計上。100を超える店舗を閉鎖し、今年10月には主力事業の介護事業売却に追い込まれた。そして12月、ついに和解に応じた。

 和解条項で、私たち家族への謝罪や賠償だけでなく、ワタミ社員の方にも未払いの残業代や、給与から天引きされてきた経費が返金されることが明記されたことは非常に良かったと思っています。

 ただ、和解は免罪符ではありません。“ブラック企業”のままのワタミと和解してしまっては、美菜に怒られてしまいます。

 ワタミはこれまで私たちに対して、口先だけで誤魔化すことを続けてきました。この和解を転機に、疲れ果てた社員が働く会社ではなくなってほしいと考えています。だからこそ、約束が本当に守られるのか、私たちはずっと注視していこうと思っています。

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