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連載歴史・時代小説の歩き方

大矢 博子
2016/07/16

奥州連合離脱(前編)
――東北諸藩の戊辰戦争

genre : エンタメ, 読書

 節子、それ奥州連合とちがう、奥羽越列藩同盟や。という声が聞こえるが気にしない。ダジャレありきのこのコラム(え?)で、こんなウッテツケの時事ネタを見逃すわけにはいかないじゃないか、なあ?

 というわけで戊辰戦争である。戊辰戦争といえば関西から北海道までを巻き込んだ、日本有数の内乱だ。範囲が広いだけに、小説はどこかに焦点を絞っていることが多い。鳥羽伏見の戦い、江戸開城と彰義隊、北越戦争、会津戦争、箱館戦争。うん、総じてクライマックスは会津落城かな。

 でもね、東北地方で戦ったのは会津だけじゃないんだよ、東北が一丸となって西軍を迎え撃ったんだよ。それが奥羽越列藩同盟である。そして奥羽越列藩同盟を中心に戊辰戦争を東北全体の戦争として描いたのが、船戸与一『新・雨月 戊辰戦役朧夜話』(徳間文庫)だ。

 西軍は江戸開城後、ターゲットを会津・庄内の二藩に据えた。江戸の薩摩藩邸を焼き討ちした庄内藩と、京都で長州が煮え湯を飲まされた会津。薩長にとって、この二藩だけは捨て置けなかったから。そこで西軍は、仙台藩をはじめとする奥羽諸藩にこの二藩を攻撃するよう要請する。

 さあ困った。だって奥羽諸藩は、できれば会津・庄内を助けたいと思っていたから。だから兵を侵攻させるフリだけして、西軍に助命嘆願書を出したり、水面下で会津に「俺も一緒に頭下げてやるから、ここは謝っちゃえよ!」と説得したりしてたのだ。奥羽諸藩の目的はひとつ、「戦争はしたくない」だった。

 だが、そんな奥羽諸藩をブチ切れさせる事件が起きる。西軍の奥羽鎮撫総督下参謀・世良修蔵が同じ下参謀の大山格之助に送った密書を、仙台藩が入手したのだ。そこには衝撃的な一言が書かれていた。「奥羽皆敵」。

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