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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2017/01/31

小泉武夫先生の、豪快で美味な鯨の食べ方

 日本屈指の食研究家である小泉武夫先生と雑誌で対談をさせていただいたことは前に書いた。そのとき、先生が「今度は仕事抜きで一杯やりましょう」とおっしゃったので、ただ普通に喜んで、後日指定された渋谷の居酒屋に出かけていった。

イラスト 小幡彩貴

 個室に通されてビックリ。先生とそのお仲間六名、そして巨大な鯨肉の塊が私を待ち構えていたのだ。このお店は先生の行きつけらしく、個室は貸し切りの「小泉劇場」と化していた。

「私はクジラ食文化を守る会の理事長をやっていてね、お金は一銭ももらってないけど、いい鯨肉は手に入るんです」とのこと。肉は中トロのようなきれいなピンク色で、ものすごく鮮度が高そうである。

 呆気にとられていると、先生は俎板と包丁を取り出し、使い捨てのビニール手袋をはめると、手際よく肉塊を切りはじめた。お仲間の一人がこれまた持参の生姜をゴリゴリすり下ろし、生姜醤油をこしらえる。

鯨肉を手際よく切る小泉先生

 たちまち刺身の山ができ、先生は「さあ、食え! どんどん食え!」と放るように手渡しし、みんながわあわあ言いながらもらい受ける。まるで、何かの祭で、祭司がお供えを信者に分け与えているようだ。店のご主人もお裾分けしてもらっている。

 刺身を口にして、さらにびっくり。鯨と言えば、「固い」「臭みがある」というイメージしかなかったが、これは臭みが一切なく、マグロのように柔らかい。でも動物らしい深みのある味。これが鯨? まるで未知の肉を食べている気がする。

 さんざん刺身を食べ、他にそのお店のイノシシ鍋も御馳走になり、もうこれ以上食べられないとなっても先生は止まらない。余った肉をフリーザーバッグに生姜醤油と一緒にぶち込んで私にくれた。「これ、持って帰って。熱々のご飯にかけると美味いよ」

 翌日、先生に言われたとおりにしたら、最高。翌日まで続いた小泉劇場なのであった。

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