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川村 元気
2017/02/06

川村元気が語る藤沢周平の魅力 「女性の多様性」

老若男女問わず愛され続ける藤沢作品から選ぶ一冊 『橋ものがたり』

 藤沢作品では特に短篇が好きです。もともと、僕は剣劇より市井の人々のことを描いた話が好きなので、『橋ものがたり』、その中でも「約束」という一篇がとても心に残っています。家庭の事情から深川に引っ越して料理屋に奉公に出ることになったお蝶と、錺(かざり)職人の幸助が、五年後に小名木川の萬年橋で会う約束をする、という内容です。短篇ではありますが、橋の向こうとこちらにそれぞれの人生があって、大河ドラマのような広がりを感じます。橋を渡れば会えるのにふたりは会わない。その感覚は、簡単にメールで約束を反故にできてしまう現代では失われたものですが、「ロミオとジュリエット」のようで非常に映画的です。

 藤沢作品を知ったきっかけは、山田洋次監督の映画「たそがれ清兵衛」でした。映画を見た後に、藤沢さんのその他の小説も読むようになりました。山田監督とはときどきご飯をご一緒するのですが、監督も「約束」がお好きで、特にラストシーンが胸を打つね、いつか一緒に映画にしよう、と盛り上がりました。すでに監督の中では、ラストシーンのカット割りまでできているようです。

 僕はまだ一度も時代劇作品に携わったことはありません。だからこそ、初めて手掛けるならば、藤沢作品のような、市井の人々の生活を丹念に追う映画を撮影したいです。確かに、チャンバラではない人情劇の見せ方には、難しさがあるかもしれません。でも、「約束」では、橋のこちら側の主人公は錺(かざり)職人で、錺金具などの美術的な魅力がある。一方、橋を挟んだお蝶には、お金で身体を売るという哀しい色気の魅力がある。その対比を映像にしてみたいんです。

 

 藤沢作品にはスーパーヒーローは出てきません。一貫してふつうの人々を描いていて、そういった無力な人間の葛藤というテーマは現代にもつながっていると思います。藤沢さんの小説を読んでいると、昔から人間は小さな罪や過ちで悩み、苦しんできたのだと実感するんです。

 僕も小説を書きますが、藤沢作品の女性の描き方に非常に影響を受けています。昨年上梓した、『四月になれば彼女は』という小説の中で、主人公は大学生の頃の彼女と、今の婚約者の間で揺れ動きます。「約束」でも、幸助は昔なじみのお蝶と、親方の妾の間に立たされます。遠くにいて会えない人と、目の前で自分を愛してくれるけれども何かしら問題のある人との二択、という点で同じ構造だといえます。

 ラブストーリーを書く中で、気が付いたことがありました。ラブストーリーとは、男性と女性を描くものではなく、男性の目線で女性の多様性を描くものだと思うようになったんです。その視点で改めて藤沢作品を読むと、お蝶の女中仲間をはじめとする、脇役の魅力にも気が付きました。また、ヒロインの純粋さの反面で、親方の妾は幸助をただならぬ関係に引きずり込む女性です。でもそういう奔放な人も、悪人ではなくチャーミングさを残しています。

 僕は常日頃、「優柔不断」をモットーにしています。現代はコミュニケーションのスピードが速いので、自己保身で約束を簡単に破ったり、小さな矜持を捨ててしまうことがあります。だからこそ、周りの人が「それって意味あるの?」ということに、わざとこだわるようにしています。即決即断は一見格好良く聞こえますが、色々な選択肢を切り捨てているとも思うんです。僕は、映画「武士の一分」の原作である、「盲目剣谺(こだま)返し」の三村新之丞(しんのじょう)のように、最後まで悩み続けたいんです。そうして人間の逃げられない部分に向き合いたい。そこにこだわることの難しさやありがたみは、藤沢作品にも通底している考えなのかもしれません。

四月になれば彼女は

川村 元気(著)

文藝春秋
2016年11月4日 発売

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オール讀物 2017年 02 月号

文藝春秋
2017年1月21日 発売

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