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藤原 治
2017/01/31

電通はきわめて「特殊な組織」だ

電通は本当に悪いのか――元常務が過労死の背景を解き明かす #1

source : 文藝春秋 2017年1月号

genre : ニュース, 社会, 経済, 働き方, 企業

 電通の新入社員だった高橋まつりさんが過労自殺した問題で、1月20日、電通は遺族に対し、解決金を支払い、18項目の再発防止策を取ることで合意した。

ーー電通は生まれ変われるのか。電通の元常務執行役員で、経営計画室に所属した藤原治氏が、電通の「特殊な企業体質」を明かした。

(出典:文藝春秋2017年1月号・全4回)

高橋まつりさん ©共同通信社

 2015年12月に電通の新入社員だった高橋まつりさんが社宅で自ら命を絶ち、その死が16年9月に長時間労働による過労死として労災認定された。10月に電通の本社と3支社に東京労働局などの立ち入り調査があり、11月には労働基準法違反の疑いで強制捜査に切り替わった。

 こうした一連の報道から私が思ったのは、電通はある部分において「百年一日のごとく、何も変わっていない」ということだ。

 私は電通に34年間勤め、06年に辞めたときは、本社の常務執行役員と電通総研の社長を兼務していた。90年代には経営計画室長を務め、創業100周年となる01年の株式上場を目指して、上場準備室長を兼務した時期もある。財務をはじめ経営管理を見直し、上場企業らしい社内体制を築くための経営改革案をまとめた。

 その経験から私には、今回の問題を引き起こした原因や背景について思い当たる節がいくつもある。コーポレート・ガバナンスが機能していないこと、とりわけ労務管理に問題が多いことは当時から認識していた。会社を辞めて10年も経てば、通常は現在の社内状況がわからなくて当然だが、今回の報道を見る限り、電通の企業体質は大きく変わっていない。問題の根はそれだけ深いのだ。

 私は、電通を辞めた翌年に『広告会社は変われるか』(ダイヤモンド社)を上梓した。この本で、広告会社は2010年代に、経営管理の抜本的な見直しを迫られると予測した。従来型の経営管理では、ネット広告のビジネスに対応できないからだ。

 それから10年後、まさにそのネット広告の部署で長時間労働に苦しんだ高橋さんが、自ら死を選んでしまった。さらに、高橋さんは東大の後輩に当たる。今回の事件は、とても他人事とは思えない。それで筆を執らずにはいられなかった。

 私は「電通は本当に悪いのか」と自問した。結論をいえば、悪いに決まっている。将来のある尊い命が失われたのだ。

 だが、マスコミの取り上げ方にも違和感があった。一連の報道を見ても、電通が経営管理上、きわめて特殊な組織であるという本質に触れていない。今回の問題を考えるうえで見逃すことができないこの点から、論じていきたい。

過労自殺は今回が初めてではない

 電通の若い社員が過労自殺したのは今回が初めてではない。91年に入社2年目の大嶋一郎さん(当時24歳)が自宅で長時間労働を原因として自ら命を絶った。その後、遺族は電通に対して民事訴訟を起こし、2000年に最高裁が電通側の上告を棄却したことで、高裁の勧告によって和解が成立。電通は謝罪するとともに遺族に1億6800万円を支払った。

 私は当時、電通社員としてこの和解案に接し、賠償金額の高さよりも、裁判官が電通の本質を理解していないことに驚いた。地裁、高裁の判決文を熟読し、あまりの無理解に多くの箇所で反感を覚えた記憶もある。

 もちろん電通の特殊性は、過労死や長時間労働を生んだことの免罪符にならない。しかしこの特殊性を理解しなければ、電通の再発防止策が妥当かどうかの判断は難しいだろう。実際、2000年以降も電通では社員の過労死認定があり、再発防止策が効果的でなかったことは明白だ。

 もし今回も、その場しのぎの対策で終わってしまえば、高橋さんのお母さんが訴えた「大切な人の命を預かっているという責任感をもって、本気で改革に取り組んでもらいたい」(11月「過労死等防止対策推進シンポジウム」)という悲痛な叫びも報われないことになる。

特有の“ユルユル体質”

 私は電通入社後に新聞雑誌局で地方紙を担当し、15年ほど現場経験を積むなかで、広告会社のマネジメントに興味を持つようになった。そこで国内留学制度を利用し、慶応大学のビジネス・スクールに2年間通ってMBAを取得した。会社に戻ったときに、自ら希望して経理部に所属したのは、財務面から電通の経営を見たかったからだ。

 経営計画室に所属してから、本格的に電通の経営管理を研究し、他社には見られない特殊な企業体質があることに気づいた。電通の特殊性は2つある。1つはマスコミ業界に特有の“ユルユル体質”、もう1つは“履き違えた自由体質”だ。

 1901年創業の電通は、かつては日本電報通信社という名で、報道機関などにニュースを配信する通信社の事業も収益の柱だった。その事業は36年に同盟通信社(現・共同通信社、時事通信社)に譲渡され、反対に同盟通信社の広告事業が日本電報通信社に譲渡されて、現在のような広告専業となっている。

 マスコミ業界特有の“ユルユル体質”とは、通信社のDNAだと私は考えている。ニュースを追いかける仕事は、製造業や小売業のように就業時間を明確に決めることは難しい。大事件が起きた日に「定時になったから帰ります」とは誰もいえない。仕事の成果が何より優先され、私生活を含めて多くのことを犠牲にするのが当然だと考える。

 このカルチャーは広告専業になってからも色濃く残り、残業規制を含めた細かい管理を嫌う“ユルユル体質”になっているのだ。

秘密のベールに包まれた会社

 もう1つの特殊性、自由体質については、広告会社の業務に外部から監視の目が届きにくいことから生まれる。

 例えば、テレビ局のような許認可事業は監督官庁に業務内容をチェックされるが、広告会社にはほとんどない。読売新聞社の顧客が約900万いるのに対して、電通のクライアント企業は3000社前後だから誤差に等しい。そもそも広告会社の業務実態は、社外の人には見えにくい。電通の株主総会では、他業種と違って株主が経営方針や事業計画について発言することがほとんどないのは、このことによるだろう。

 そのため、業界最大手の電通には“秘密のベールに包まれた会社”のイメージが常につきまとう。例えば90年前後に話題となったカレル・ヴァン・ウォルフレンの『日本/権力構造の謎』では、官僚組織や経団連、農協などと並んで、電通が陰の権力組織として研究されている。しかし私が知る限り、政界の黒幕と呼ばれたり、日本社会をウラで牛耳ったりできるほどの力はない。官公庁が巨大クライアントだから、官庁の言い分を増幅して国民に伝えるところから、その印象を与えるのかもしれない。

 このように外部から監視の目が届かない組織だから“履き違えた自由体質”に陥るのだ。規制やルールに縛られることを嫌い、自分たちの好き勝手に行動しようとする。

電通は半世紀近く前から変わっていない

 電通は高橋さんの1件が報じられた後の10月、残業時間の上限について、最長で法定外月間50時間(所定外月間70時間)から、最長で法定外月間45時間(所定外月間65時間)に引き下げる策を打ち出し、人事局がその実現に向けて全館22時消灯を実施した。しかし、業務量が急に減るはずはなく、入社時から身についた仕事の進め方が、そう簡単に改まるとは思えない。

 11月には、30人を超える社員が1カ月の残業時間を実際より100時間以上減らして会社に申告していたことが報じられた。厚労省や労基署には、組織ぐるみの「残業隠し」を疑われている。

 私が若い頃でも、管理部門の後輩が酒を飲むとよく「ウチの会社は労基署から常に目をつけられているんです」とこぼしていた。真偽は定かではないが、日常の業務を見れば十分ありそうなことだった。私が辞めてからの10年どころか、半世紀近く前から変わっていないのだ。

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