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藤原 治
2017/02/01

「過労自殺」発覚時、電通前社長が会見を開かなかった理由

電通は本当に悪いのか――元常務が過労死の背景を解き明かす #2

source : 文藝春秋 2017年1月号

genre : ニュース, 社会, 経済, 働き方, 企業

 高橋まつりさんの過労自殺を受けて、電通の石井直社長は退任、1月23日付で山本敏博新社長が就任した。「事件」発覚後、電通がとった対応に問題はなかったのか。元電通常務執行役員の藤原治氏は、電通の特殊な企業体質(第1回)と、そこから派生する経営陣の危機管理の在り方にも疑問を呈していた。

(出典:文藝春秋2017年1月号・全4回)

「鬼十則」を無くしても解決にはならない

 マスコミやネットでは、電通の企業体質を象徴するものとして「鬼十則」がよく取り上げられる。これは4代目社長の吉田秀雄がつくった社員への檄文で、電通マンの行動規範だと紹介されている。特に第5条の「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。」は長時間労働や過労自殺が連想され、こんな精神論を社員手帳に印刷し、新入社員教育に使う企業文化は異常だという指摘が多い。

 しかし「鬼十則」が電通の風土を醸成しているというのはウソだ。たしかに手帳に印刷され、社長の年頭挨拶や入社式の祝辞などでも引用されるが、私が勤めた34年間に、上司や同僚の口から「鬼十則」を聞いたことは一度もなかった。

「鬼十則」ができたのは終戦から6年後の51年で、当時は社長が「仕事は死んでも放すな」と鼓舞しなければ働かないほど、社員の質は悪かった。いまはほとんどが東大はじめ有名大学の出身者だから、そんな精神論は必要ないし、また通用もしない。どの企業にもある社是社訓と同じだ。

 ところが、11月になって電通が、来年の社員手帳から「鬼十則」を外すことを検討中だと報道された。私はそのような記事を読んで、失笑を禁じえなかった。おそらく対外的な配慮だろうが、経営層がもし本気で改善策の1つと考えたなら、そっちのほうが問題だ。電通社内で過労死、過労自殺を生む原因は昔ながらの精神論ではなく、コーポレート・ガバナンス、コンプライアンスといった経営問題そのものだ。

 今回は、刑事事件に発展する可能性もあるから、経営幹部も必死に対策を講じるだろう。しかし改善方針や新しいルールを打ち出すだけで現場が変わるなら、経営改革で苦労する企業はない。どれだけ素晴らしい方針を立てても、ガバナンスが機能しなければ意味がないのだ。

“現場優先体質”こそが原因だ

 電通は14年と15年に是正勧告を受けている。それでも、なぜ現場の働き方を改善できなかったのか。

 一言でいえば、その原因は“現場優先体質”とそれによって生じる“経営管理の不在”だ。

 電通では、経営幹部が意思決定し、現場がそれに従う通常のマネジメントとは異なり、現場を取り仕切る営業幹部の意向でほぼすべてが決まる。何事もクライアント優先で進め、契約をとるためのコンペで他社に負けるわけにはいかない。管理部門が社内ルールを設けても「残業を減らして、コンペで負けたらどうしてくれる」と突っぱねようとする。

 この「コンペに勝つためなら何をやっても許される」という現場感覚が社内に満ちているのが電通という会社だ。

 現場優先の体質は、人事にも表れる。仕事ができる優秀な人材ほど現場に配属され、特に業績と直結する営業部門は最優先となる。それに対して、管理部門に配属されるのは、現場に出られない人が多い。電通に限らず、現場が強い企業にありがちな人事だ。

 そういう力関係では、現場は管理部門の指示を無視しやすい。管理部門が法律や法令を盾に強く出れば、こんどは面従腹背となって「労働時間集計表」の書き換えや虚偽の申告でごまかそうとする。これが現場の“智恵”というものだ。

 管理部門の担当者はその実態に気づいても、それ以上の追及はお互いに得ではないと考えて収めてしまう。その状況で、事実を明らかにしていくほど気概のある人材は、管理部門には集まっていない。違法な長時間労働が長年にわたって是正されなかった背景にはこの力関係がある。