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連載歴史・時代小説の歩き方

大矢 博子
2015/05/16

テツは熱いうちに打て(後編)
――日英鉄道ミステリ

genre : エンタメ, 読書

 明治初頭を舞台にした二つの小説、有明夏夫「西郷はんの写真」(小学館文庫『なにわの源蔵事件帳〈1〉 大浪花別嬪番付』所収)と杉本章子『東京新大橋雨中図』(文春文庫)は、それぞれ大阪・東京と舞台は違えど、ともに主人公が陸蒸気に乗る場面がある。そしてどちらも、陸蒸気の客車は、出発時には外から鍵がかけられた――というのが、前編のお話。

東京新大橋雨中図 (文春文庫)

杉本 章子 (著)

文藝春秋
1991年11月発売

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大浪花諸人往来 (角川文庫)

有明 夏夫 (著)

角川書店
1990年6月発売

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 なんで鍵を? の前に、まずこの時代の客車がどんなのか説明しておきましょう。初期の客車は「非貫通型」と言いましてね、車輌の前後、つまり連結部に出入り口がないんですよ。今みたいに車輌間の行き来ができない、完全な箱なのね。だから「マッチ箱」なんて言われることも。

 扉は車輌の横っ腹についてる乗降口だけで、そこが閉められ鍵がかけられる。おまけに初期の国産車輌は、乗降口が3つくらいあって、そこから入ると向かい合わせのベンチがどーんと車輌を横断し、「目」の字みたいに車輌内が分断されてた。つまり、実質、入ったエリアから移動はムリ。

 どうしてこうなったかと言えば、イギリスの客車がこうだったからですね。開業時には客車をイギリスから輸入し、自国製造を始めてもモデルはやはりイギリスだった。イギリスの鉄道は駅馬車から始まったので、馬車を連結するイメージ、つまり1輌が小さくて完全に独立した形の客車だったのだ。1輌というより一部屋と言った方がいいかも。完全に仕切られたコンパートメント(個室)に、それぞれ乗降口がついていた。

 で、鍵がついてる理由も簡単。走ってる最中に内側から開けられると危ないから。実際にそれで事故があって外から鍵をかけるようになったんだけど、でもこれが別の事件を生むわけですよ。だってさ、非貫通型の車輌で、しかも外から鍵がかかってるってことは、完全な密室なわけですよ。危険人物とふたりっきりなんてことも、ないとはいえないわけですよ。でも逃げようにも逃げ場がないわけですよ。

【次ページ】イギリスで鉄道密室ミステリが発展した理由

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