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アクロバティックな“アクロスティック(折句)”(1) テレビ欄の縦読みから短歌まで

2015/09/13

genre : エンタメ, 読書

 そして四首目にいってみよう。これも実にテクニカルだ。

ラストシーンを/何回も見た。/急にもた/らされた解を/好きになれずに

 お題は「ラナンキュラス」というわけで、そもそも五文字じゃない。「ラ」「ナン」「キュ」「ラ」「ス」をそれぞれ頭文字にしているという技を使っている。このように二文字以上を取る折句というのもあるのだ。またこの歌でもやはり、「急にもた/らされた解を」というように句またがりを用いている。「こわれゆく」は複合動詞なのでまだ「こわれ」と「ゆく」に分解する発想を持てる人はいるかもしれないが、「もたらされた」を分解できてしまえるのはさらに難度の高い技を決めている。技術点マックスだ。

 なお山中さんの超絶技巧としてはこんなのもある。

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それはなお続くはるさめ 銀河まで寄ろうそのあと嘘をゆるそう
山中千瀬

 五七五七七の各句の頭文字を取ってみると、何が隠れているか? 「そ・つ・ぎ・よ・う」。「卒業」である。それでは次に、五七五七七の各句のお尻の文字を一つずつ取って読んでみてほしい。「お・め・で・と・う」。「おめでとう」。続けると「卒業おめでとう」が隠されている。そんな、卒業を祝う一首だったのである。なお、このように頭とお尻でダブルでアクロスティックを作るものを「ダブルアクロスティック」といいます。そして頭ではなくお尻の文字を揃えると言葉が浮かび上がるという遊びは「沓冠(くつかぶり)」といいます。

 定められた文字数のゆうに3分の1がすでに固定された状態で文を作る……ダブルアクロスティックで短歌を詠むことは、言い換えればそういうことになる。あなたはそれを窮屈だと感じますか? もし感じるのであれば、まだ自分で自分の言葉を自在に扱えていない証拠。言葉遊びでもっとも気持ちいいのは、自分の発想力の外側から言葉が引き出されてくる瞬間だ。普段のボキャブラリーではまるで出て来ないような言葉が、決められたルールの力でするすると湧き上がってくる。それは、今まで解放できていなかった本当の語彙力が発揮された瞬間なのだ。「頭文字を揃える」などのようなルールは「縛り」ではない。「束縛」ではない。むしろ、秘められていた真の力を解放するためのブースターなのだ。

 そんなわけで、私も山中さんに対抗して「卒業おめでとう」のダブルアクロスティックを決めてみたいと思う。

疎林の青 鶴のひだり眼ぎとぎとで葭の群れへと埋もれゆく鼓動
山田航

 上の山中さんの歌と、31音のうち10音が共通していることにノーヒントで気付く人はほとんどいないだろう。3分の1が前もって固定されていたって、これだけそれぞれの個性と文体は出るわけだ。疎林とか葭とか、私の普段の言語感覚からはめったに出て来ない語彙なので、こういうのが登場するのは自分でもびっくりしてしまう。「僕もこういう言葉を操れたのか!」という驚き。あなたも、知っているのに自在に使えていない言葉、いっぱいあるんじゃないですか? 言葉はただ憶えているだけでは意味がないんですよ。あなたが本当に使える言葉は、そんなものじゃないんですよ。


次回は「言葉遊びの神」、源順(みなもとのしたごう)の超絶技巧を楽しもう!

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