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特集
芥川賞直木賞 作家の素顔 受賞者、候補者、選考委員。それぞれのドラマ

新・選考委員吉田修一が語る「文学の図太さ」【後編】

今年1月の第156回芥川賞から、新しく選考委員として加わった吉田修一氏。作家生活20年となる吉田氏が、白熱した選考会を振り返り(前編)、自らの芥川賞受賞の思い出や、純文学とエンターテインメントを行き来する際の「流儀」について語った。(全2回、出典:2017年3月号 文學界)

「張りが足りない」と言われて

――吉田さんは計5回候補になられていますが、その間河野多惠子さんや村上龍さんが吉田さんを高く評価されていました。当時の選評で、心に刻まれたことはありますか?  

吉田 最初に「最後の息子」で候補になった時は、ほぼ皆さんが何かしら、良くても悪くても選評の中で触れてくださったんですが、回を重ねるにつれ、だんだん出てくる割合が減ってしまった。でも、河野さんだけはほぼ毎回書いてくださった。だから、河野さんの選評をずっと心の拠り所にして書いていました。丸谷(才一)さんの選評もうれしかったな。そして、やっぱり三浦哲郎さん。最初の時は、僕がどういう新人作家なのかは皆さんもちろん分かってない。それでも最初の河野さんの選評には、「(受賞作の)他の候補作では、吉田修一さんの『最後の息子』がよかった」という一文があった。この「よかった」というのがしみるんですよねえ。

第127回芥川賞授賞式にて(右が吉田氏) ©文藝春秋

――河野さんは(2回目の)「破片」の時は、「最も完成度が高かった。(中略)ただ、張りが足りない」という表現をされていましたが、独特の言い方ですよね。  

吉田 今回の候補作で言うと、「縫わんばならん」という作品の前半には張りがあると僕は思いました。後半、通夜のシーンあたりから、張りが足りないというか。河野さんが僕の作品についておっしゃったのもそういう意味なのかな。  

 三浦さん、河野さん、このおふたりですね。で、最終的に村上さん、髙樹さんもすごく推してくれた。反対に、宮本輝さんには、最初から最後まで全然箸にも棒にもひっかけてもらえなかったですね。それがまた、一貫していて。文學界の新人賞を受賞して、その日に選考委員の皆さんと食事をした時に初めてお会いした奥泉さんが、「みんながマル付けたけど、今回僕だけバツだった。吉田くんの作品が駄目と言ってるんじゃなくて、これは僕の文学観だから」とおっしゃったんです。だから、マルバツがいい悪いっていうのは、この人の作品がどうこうじゃなくて、自分の文学観を表すのにバツを付けるしかないという意味なんだろうと、そういう言い方をするんだなっていうのを、20年たった今でも覚えてます。自分が5回目でもらってるので、今回の山下さんの4回目という回数を聞くだけで、いろんな思いが分かるところもありますね。

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