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古い“常識”を捨てるときがきた――大転換期にあるアレルギー医療(前篇)

『アレルギー医療革命 花粉症も食物アレルギーも治せる時代に!』 (NHKスペシャル取材班 著)

最新知識で食物アレルギーの予防を

先進国を中心に患者が増え続ける現代病・アレルギー。その予防と治療をめぐる最先端研究に迫り、大きな話題を呼んだNHKスペシャル「新アレルギー治療」が『アレルギー医療革命 花粉症も食物アレルギーも治せる時代に!』として書籍化されました。本書は、アレルギー医療はいま、大きな転換期を迎えていると指摘しています。書籍の担当編集者が、その実情を解説します。

アレルギー医療革命 花粉症も食物アレルギーも治せる時代に!

NHKスペシャル取材班(著)

文藝春秋
2016年3月25日 発売

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――アレルギーが現代社会の課題として認識されてから、すでに数十年が経っています。その今、転換期を迎えているというのは、具体的にはどのようなことでしょうか。

 アレルギーは、ここ半世紀ほどで急速に患者数が増えた“謎の病”で、現代医療の大きな課題でした。患者はどんどん増えるのに、その発症メカニズムはちゃんと解明されていない。だけど、医師としては目の前の患者たちに、なんらかの治療と指導を行わなければならない。いわば手探りの状態で対応されてきた、というのがごく最近までの医療の実情です。

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 その過程で築き上げられたアレルギー医療の“常識”が実は間違いだったことを示す研究成果が、ここ数年で次々と発表されています。それはまさに、アレルギーへの認識がひっくり返るような事態です。アレルギーについて、ちょっと詳しいと思っている人ほど、実は古い“常識”に囚われていて、いまでは逆効果だと指摘されている対策を実践していたりする。これは、研究成果の急激な進歩がもたらしたものですが、2015年4月に放送した番組では、そうした状況について、分かりやすくお伝えしたい、というのが主たるテーマだったそうです。

重い食物アレルギーのため、アナフィラキシーショックに備えてエピペンを常備する子どももいる。写真:本文より

――最近になって、間違いだったと分かったのは、どのような“常識”でしょうか。

 乳幼児の発症者が多い食物アレルギー予防に関するものの報告が増えています。食物アレルギーは時に命の危険すらある深刻な病気なので、世界中の科学者たちが熱心に研究した成果でもあります。例えば、「妊娠中、授乳中に母親がアレルギー食品(アレルゲン)を食べることが、子どものアレルギー発症の原因になる」「腸が未熟な幼い時期に離乳食などでアレルギー食品を食べさせると、アレルギーを発症しやすくなる」といった“常識”。アメリカでも日本でも、妊産婦や子どもたちへの指導の際に、当たり前のこととして伝えられてきたものですが、最近になって、これらには科学的な根拠がなく、さらに言えば、アレルギー予防には逆効果だと分かってきたのです。

――これまでの指導内容が間違いだったということですか?

 番組を見て、私自身、衝撃を受けました。私事で恐縮ですが、5歳の長男に食物アレルギーが判明した4年ほど前に医師から言われたことと、番組で紹介された研究成果は、真逆だったんです。ちょうど次男の離乳食が始まる時期で、頭の中が混乱しました。それで、これは本の形にして、より詳しく伝えたいと思い、書籍化を打診しました。

 放送後には、メールやお手紙などで多くの反響が届いたそうです。とくに多かったのが、子育て中のお母さんからの声です。「妊娠中も授乳中もずっとアレルギー食品を避けるよう指導を受けてきた。あれは間違っていたのか?」「医師の指導で、離乳食ではアレルギー食品を避けている。どうすればいいのか?」といった切実な内容です。

 すでにアレルギーを発症している場合には、もちろん、アレルギー食品を不用意に食べることは絶対に避けるべきなのですが、予防という段階で言うならば、妊娠中、授乳中の女性はアレルゲンだからと言って、特定の食品を避けることなく、なるべく多くの食品をバランスよく食べたほうがよいのです。離乳食に関しても、初めてその食品を口にする前に、すでに発症している可能性もあるので、ごく少量から始める必要はありますが、異常が出ない限りは、小さな頃から多くの食材を食べさせてあげたほうがよい、それが実はアレルギーの効果的な予防になると研究者たちは提唱し始めています。

――口に入るものより、スキンケアのほうが重要、という点も、思いもよらない内容で驚きました。

 そうですよね。食物アレルギーは、アレルゲンを食べることで症状が出るので、お子さんたちが口にするものに関してはかなり気をつけている、という親御さんは多いのですが、アレルギー予防に関しては、食事の制限には意味はなく、乳児湿疹などの肌荒れのほうが大問題だと分かってきました。

 イギリスでの大規模な調査や、マウスでの実験などで明らかになったのですが、食物アレルギーを予防するカギは、実は皮膚にあったんです。口から摂取して腸から吸収する、“食事ルート”で食品に接することは実はアレルギー予防になることが分かった一方で、荒れた肌からアレルゲンが侵入してしまい、体の免疫システムがその食品を有害な“外敵”と認識してしまうと、アレルギーを発症するというメカニズムがアレルギーの有力な原因であることが分かってきました。「経皮感作」と呼ばれている現象です。

 乳児湿疹やアトピー性皮膚炎になったら、なるべく重症化しないうちに、医師の指導のもとに保湿剤などを使って、皮膚の状態を良好に戻しておく。そのことが、アレルギー予防に大きな役割を果たすのです。国立成育医療研究センターの大矢幸弘医師によると、医師の指導のもとに適切なスキンケアを行った子どもたちは、アレルギーの発症が抑えられたという実績もあります。

古い“常識”を捨てるときがきた――大転換期にあるアレルギー医療(前篇)

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