昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

赤坂太郎
2017/02/10

東京から首相を狙う小池のシナリオ

安倍と比肩しうる唯一の存在感に、様々な勢力が絡みつく

 まるで事前に打ち合わせていたかのような答弁だった。

「日本維新の会が憲法改正について教育のあるべき姿を含め、具体的な考え方を示し、各論に踏み込んで真摯に議論しようとしていることに、まずもって敬意を表したい。子どもたちこそ日本の未来だ」

 1月25日、参院本会議での代表質問。今国会での衆参両院憲法審査会による改正項目の絞り込みと、教育無償化を憲法で規定することを求めた“野党”日本維新の会の片山虎之助共同代表に対し、安倍晋三首相はこう述べた。

 政権発足から5年目に入ったが、デフレからの脱却を目指したアベノミクスは道半ば。ロシアのプーチン大統領との「信頼関係」で打開を目指した北方領土交渉も、進展の兆しは見えない。トランプ大統領就任で日米関係も先行き不透明だ。

©JMPA

 しかし、最大の悲願である憲法改正だけは現在、衆参両院で発議に必要な3分の2を制して好機である。環境が整えば、できるだけ早く憲法改正発議と国民投票に踏み切りたい。とはいえ、公明党は早期の改憲に慎重な姿勢を崩していない。国民投票では過半数の賛成を得なければならない。そのためには、発議段階で野党の一部を引き込んでおく必要がある。そこで、公明党も反対しにくい「教育無償化」を盛り込み与党を固めた上、維新を野党勢力から分断し、改憲への突破口を開く。安倍の答弁からは、一石二鳥の思惑が透ける。

小池が浮かべた笑み

 安倍が改憲派形成に向けて第一声を放った直後、東京・西新宿の都庁。

「未来を創る子供たちに教育機会の格差があってはならないという考え方を基に、私立高校などにおける給付型奨学金を拡充します。家庭の経済状況に左右されず、安心して学び続けられる環境の整備ということでございます」

 都知事の小池百合子は得意げに2017年度当初予算案の目玉政策を披露した。私立高生徒への給付型奨学金を拡充し、年収760万円未満の世帯を対象として平均授業料に当たる44万2000円を国と都で給付。つまり「実質無償化」とする大盤振る舞いだ。

©文藝春秋

「子どもたちこそ日本の未来」として改憲による「教育無償化」に理解を示した安倍の向こうを張るようにも映る政策。だが、小池の視線の先にあるのは都議会公明党だった。

 小池が敵視する都議会自民党は過半数を割っている。公明との連携で多数派を維持しており、かけがえのないパートナーだ。その公明が昨年末、小池が打ち出した知事報酬削減の余波を受けて議論が始まった議員報酬削減を巡り、自公連携の見直しと小池支持を打ち出した。私立高生への奨学金拡充は、元々公明が強く要求していた政策。小池支持への「返礼」の意が込められていたのは明らかだった。

 1月、築地市場からの移転延期を決めた豊洲市場の地下水モニタリングの調査結果で、有害物質のベンゼンが最大で環境基準の79倍も検出され、衝撃が走る。もはや移転の目途が立たなくなり、「小池は追い込まれる」との見方が関係者の間に広がった。

 しかし、事態はすぐにまったく違う方向に向かう。実は小池は発表の数日前、「これまでの“移転ありき”の調査ではないから違った結果が出てくるだろう」と周囲に漏らし、そうなった場合のシミュレーションをしていた。事実、小池は即座に手を打った。豊洲市場の土地購入を巡る住民訴訟に関し、購入当時の都知事だった石原慎太郎に賠償責任はないとしていた従来の都方針を見直すと表明したのだ。

「やはり石原に責任があるのか」と都民が受け取ってしまう絶妙のタイミング。こうしたことでダメージが最小化され、小池に対する都民の支持は依然として高い。公明が自公連携を解消して小池支持に回ったのも、独特の勝負勘を持つ小池を、7月2日投開票の都議選で敵に回すのは愚策と判断したからにほかならない。

 小池は過半数割れに陥っている自民を、都議選でさらに窮地に追い込もうと目論む。1月23日には、政治団体「都民ファーストの会」の公認候補4人を発表し、民進党側からの同調者もいる。公認、非公認を合わせた「小池派」が躍進すれば、今秋以降とされる衆院解散をめぐる安倍の判断にも影響する可能性は決して低くない。

 日本新党、新進党、自由党、保守党、自民党と5つの政党に所属して、「政界渡り鳥」「権力と寝る女」と陰口を叩かれてきた小池。本人は「政党の離合集散の結果、政党名が変わっただけであって、私の主張、信念は一度も変えたことがない」と言うが、実態は異なる。

 保守党から自民党に移る際には、現自民党幹事長・二階俊博らに先立って、いち早く離党。自民党では政権派閥の清和会(旧森派)に入る。ところが09年、下野後の総裁選では、力を失ったと見た清和会を離れ、勝利が確実視されていた谷垣禎一支持を打ち出して三役ポストにありつく。細川護熙、小沢一郎、小泉純一郎ら時々の実力者に擦り寄って権力の階段を上ってきた履歴からは、変わり身の早さと飽くなき上昇志向がくっきりと浮かび上がる。

「今は、都のトップとしての仕事を全うしたいと考えています」

 小池はインタビューで「小池首相待望論がある」と聞かれるとこう返すが、そこには必ず「今は」の枕詞が付く。小池と親しい人ほど「いつか国政に復帰して首相の座を射止めたいのが彼女の本心」と口を揃える。

 都知事に就任した直後の昨年9月上旬、小池は都政レクチャーの合間を縫って、都庁からほど近いホテルで開かれたシンパの有識者らとの会合に駆け付けた。

「“小池首相”の実現に向けて、これまで以上に応援していきましょう」

 そう激励された小池は否定することもなく「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」と頭を下げてみせ、宰相への野心を隠さなかった。

 首相の座を目指す以上、自民党を全面的に敵に回すわけにはいかない。それゆえ小池は"都議会のドン"内田茂を中心とする都議会自民党主流派との対決姿勢を前面に打ち出す一方で、自民党本部とは、抜き差しならない対立に至らないよう腐心している。

 その結節点にして調整弁こそ新進党、保守党時代から気脈を通じる二階である。1月下旬の会見で二階は「都民ファーストの会」からの都議選候補擁立について「全面対決がお好みならば受けて立つ」と語ったが、一方で小池が、「また二階さんに『ちょっとやり過ぎだ』って怒られちゃったわよ」などと笑みを浮かべながら秘書に話す姿も目撃されている。

 そもそも、昨秋の衆院東京10区の補選に遡れば、都知事選で小池を支援したかどで処分対象になっていた若狭勝が自民党の公認候補となった瞬間、小池と二階の「手打ち」は済んでいた。この手打ちは、小池が「今後、党本部とはよしなにやっていく」ことを二階に約束した証左だ。

 もちろん安倍も了解済みだ。1月10日、首相官邸を訪ねた小池はカメラの前で安倍とにこやかに握手、その左襟にさっと手を伸ばすと、東京五輪ロゴ入りバッジを付けてみせた。五輪成功に向けて連携していく方針を確認したわけだが、安倍サイドも支持率の高い小池を敵に回すつもりは毛頭ない。