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折山 淑美
2017/02/17

「観客とのコネクト」を意識

 しかし、それは必然の決断でもあった。前シーズンにはボーヤン・ジン(中国)が最高難度のルッツを含む3種類の4回転ジャンプを、SPとフリーで計6回入れて世界選手権で3位になっていた。さらに宇野も4月のチームチャレンジカップで世界初となる4回転フリップをSPとフリーで成功させていたのだ。

 羽生自らが切り拓いてきた300点台というフロンティア。台頭する若手は4回転ジャンプを武器に羽生に挑もうとしていた。4回転を入れるだけでなく、その数や完成度を競い合う時代に置いていかれるわけにはいかなかった。

 そして真骨頂と言えるのは、今季の羽生がジャンプを含む技術構成以上に、表現の幅を広げることを意識していることだろう。

 SPで選んだ曲は、自分の感情を畳み込むように表現できるプリンスの『レッツ・ゴー・クレイジー』。ソチ五輪のSP『パリの散歩道』を想起させるロックミュージックだ。そしてフリーには彼が大好きだという久石譲のピアノ曲を組み合わせた『ホープ&レガシー』という対照的な曲を持ってきた。SPが羽生にとって得意なアップテンポの曲であるのに対し、フリーはリズムや音の強弱でジャンプのタイミングを取りにくいピアノ曲だ。

 そんなまったくタイプの違う曲調を並行して演じることで、さらに自分の表現力を高めようとしているのだ。羽生は4連覇を達成したGPファイナルの場で、「観客とのコネクト」を意識したと語っている。

「今季のSPはライブをするロックスターの気分で演じているので、観客無しでは成立しないプログラム。フランスではお客さんも盛り上がってくれ、楽しかったです。そしてフリーでも曲を全身に感じながら演技が出来たと思います。SPとは違い、観客がドンドン乗っていき、拍手がワーッと起きるようなプログラムではありません。でも演技中に観客の視線を感じ、自分がジャンプを跳ぶときに祈ってくれる人がいたのも見えた。観客とコネクトする、つまり気持ちを一つにできているという幸せを感じましたね」

 プリンスのビートや歌詞の意味の奥にあるもの、そして久石譲のピアノ曲に身を委ねることで感じる風や木々、空気などの自然。自分がフィギュアスケートを通して表現しようとしている世界を観客と共有し、観客と対話するようにプログラムとして作り上げていきたい――それがスポーツであり、芸術でもあるフィギュアスケートの、ひとつの完成形でもあると考えているからだ。

誰からも追随されない存在に

 羽生はテレビや本などで他の競技の選手の思考法などを勉強し、それをスケートに反映させていけるのが自分の武器だとも常々発言している。最近ではリオ五輪で連覇を果たした体操の内村航平が発した「優勝しなければ良かった」という頂点に立つ者の重圧を感じる言葉が、とても印象に残ったという。既存の枠にとらわれることなく、フィギュアスケートをさらに追求したいと考えているのだ。

昨年のグランプリファイナルで

「振付師にもらったプログラムにジャンプを組み込んで“演技”にするのが自分の仕事です。すべてのジャンプがきれいに決まってこそ本当に演技だと言える。だからこそ、新しい4回転ジャンプを入れ、昨シーズンより難度を上げた構成にしながらも、今季まだ自己最高得点を更新できていないのが本当に悔しい。本心をいえば、もっと点数を上げていき、誰からも追随されないような羽生結弦になりたいと思っていますから」

 自分の成長に対して、そしてフィギュアスケートという競技に対して、どこまでも貪欲であり続けられることこそが、羽生結弦というスケーターの本当の強さであり、いまなお無限の可能性を感じさせる所以だといってもいいだろう。

写真=榎本麻美/文藝春秋