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楠木 建
2017/02/14

シュークリームVSクッキー 「好き」の理由を言えますか?

楠木建の「好き」と「嫌い」――好き:シュークリーム 嫌い:クッキー

シュークリームの民主化

 あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。

 飲酒はしない。ギャンブルもしない。テレビも観ない。早寝早起き。夜は10時には床について朝6時には起きる。早めに仕事場に入り、午後4時には業務終了。スポーツの趣味はないけれど、仕事が終われば週に3回はジムに行く。わりと健康な生活をしている。健康すぎるといっても過言ではない。

 健康すぎるのも不健康である。多少は不健康な要素が生活にあってもイイような気がする。で、放置している悪習が3つある。ひとつは喫煙。ふたつ目が甘味の摂取。もうひとつは話が長くなるので公表を差し控える(犯罪行為ではないのでご安心を)。

 食事のあとに食べる日々の甘味。これさえなければ確実に体重が減ることは百も承知、実際に何度か停止を試みたこともあるのだが、その喪失感は耐えられないほど大きい。精神的な健康に配慮して、甘味の悪習をしっかりキープしている。

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 何といっても好きなのはシュークリーム。僕が大学生の頃だったように記憶しているが、一大事件が勃発した。「シュークリームの民主化」である。それまでシュークリームは(大学生にとっては)習慣的に食べるにはわりと高価なものだった。ところが、大規模洋菓子チェーンの規模の経済が効いたのか、カスタードクリームがたっぷり入った大きなシュークリームが100円程度の値段で出回るようになったのだ。

 当然のことながら、僕は狂喜した。いずれまたここで触れる機会があるかもしれないが、僕はもともと「一種類の好きなものを大量に食べる」のが大スキなのである。駅前の洋菓子チェーン店で100円のシュークリームを半ダースほど買い込んで帰宅し、一気に食べるのが常態化した。

好き嫌いの正体

 ド中年となった今では、さすがにシュークリーム半ダース一気食いはしなくなったが、気が乗れば一晩に2つくらい食べる(3つのときもある)。カスタードクリームを口に詰め込んで恍惚としていると、なんでこんなにスキなのかな?と自分でも不思議になる。

 甘いものであれば何でもいいというわけでもないのである。シュークリームは好きだが、クッキーはそうでもない。というか、はっきりと嫌いである。いただきもののクッキーが家にあっても、手を出さない。アイスクリームは好きだが、ビスケットは食べない(ところで、クッキーとビスケットの違いは何なのかな?)。

 なぜシュークリームが好きなのにクッキーは嫌いなのか、その背後にある理由を考える。すると、ひとつの次元が浮かび上がってくる。すなわち「水分含有率」である。甘いものに関して、自分は水分含有率の高いものを好むのではないか――。

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 で、この仮説を具体的なレベルに引き戻して検証してみる。和菓子でも、水羊羹は好きだが羊羹はそれほどでもない。干菓子になるとまったく興味がない。水羊羹は相当に好きだが、もっと好きなものは……、と考えてみると、はたして答えは「あんみつ」。確かに水羊羹よりも水分含有率が高い。

 いったん好き嫌いの基準についての自己認識をもつと、日常生活の具体的な選択に役に立つ。たとえば、いろいろな焼菓子が12個入った詰め合わせをいただいたとする。こういうとき、僕は迷わずフィナンシェやダックワーズのようななるべくしっとりしているやつを選ぶ。相対的に水分含有率が低そうなフルーツケーキは家人に回す。

仮説の精緻化

 ただし、である。甘味の好き嫌いと水分含有率はリニアな関係でもなさそうだ。ひたすら水っぽければイイのであれば、カルピスやホットチョコレートなどの甘い飲み物を飲めということになるのだが、実際はそれほど好きではない。

 たとえば、あんみつは大好き(クリームあんみつはもっと好き)だが、お汁粉はそうでもない。クリームソーダは大好きだが、アイスクリーム抜きのメロンソーダはちょっと哀しい(それにしてもあの緑色のソーダにアイスクリームを乗っけるという発明、どこの誰かは存じませんが、天才の所業ですね)。水っぽさのスイートスポットというか、ちょうどイイさじ加減の水分含有率があるのだ。どうやら好き嫌いと水分含有率の関係は上に凸の逆U字型になっているらしい。

 もちろん次元は水分含有率ひとつだけではない。シュークリームの原点に戻って考えてみると、僕はどうやら「卵もの」(典型的にはカスタードクリーム)が異様にスキらしいのだ。コクある味わいもそうだが、卵の威力は「ねっとり感」にある。その証拠に、いくら甘くて水分含有率が適当でも、生クリームやホイップクリームは好きではない。プリンやシフォンケーキを注文するとクリームがついてくることが多いが、そういう局面ではきっぱりと「クリーム抜きでお願いします」という。こうして仮説は着実に洗練されていく。

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本当に好きなこと

 以上、「それがどうした」という話なのだが、僕はこの手の「考えごと」が大好きなのである。考えごとの対象はこの際どうでもいい。たとえどうでもいいことであっても、考えること自体が好き。子供のころからその自覚があって、いろいろと試行錯誤した末に、「自分なりの考えごとを人さまに提供する」といういまの仕事に流れ着いた。ありがたいことである。

「それはどういうことだろう」「なぜだろう」という問いに対して自分なりの答えを出す。「考える」とはそういうことなのだが、その中身はつまるところ「具体と抽象の往復運動」である。断片的な具体(シュークリームが好きでクッキーが嫌い)を抽象化してみる。すると抽象的な概念なり次元(水分含有率)が見えてくる。今度はその概念を具体レベルに落とし込んで適用してみる。さらに概念が洗練され、対象に対する理解が深まる。

 前回話したように、僕は「好き嫌いが大好き」なのだが、その一つの理由は、個人の好き嫌い問題が具体と抽象の往復運動の格好の題材だということにある。垂直的な思考の往復運動を繰り返すうちに、自分の好き嫌いの基準や正体が分かってくる。好き嫌いが言語化されていく。自分の好き嫌いについて意識的になる。

 ようするに僕はこの思考のプロセスがたまらなく好きなのである。シュークリームよりも好きだといっても過言ではない。

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