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熊谷 徹
2017/02/21

VW排ガス不正に重大局面、「帝王」の爆弾証言は真実か

帝王ピエヒとVW幹部の泥仕合の行方

 一昨年の9月、世界最大の自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)が世界中で販売した約1085万台の車について、窒素酸化物(NOx)の排出量を不正に操作していたという事件が発覚した。当時この事件については日本でも大きく報道されたが、最近は日本の新聞やテレビでこのニュースはほとんど報道されない。

 しかし、騒動は収束していない。それどころか、国を揺るがすほどの騒動に発展する兆しがある。1990年から約27年間にわたりドイツで働き、この国の経済、社会を知悉するジャーナリストであり『偽りの帝国 緊急報告・フォルクスワーゲン排ガス不正の闇』(文藝春秋)を著した熊谷徹さんによれば、※VW創業以来最も深刻なスキャンダルは、重大な局面を迎えつつあるという。

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VWの帝王が明かした新事実

VWの帝王・ピエヒ前監査役会長。©getty

 今月初め、驚くべき新事実が発覚した。それは、2015年4月までVWの監査役会長だったフェルディナンド・ピエヒ(79歳)が、ドイツの地方検察庁による事情聴取の際に行った証言である。事情聴取は昨年末に行われた。

 ピエヒは22年間にわたってVWのCEOと監査役会長を務めた、同社の「帝王」である(監査役会とは取締役会のお目付け役であり、ドイツ企業の最高の意思決定機関)。VWの重要事項の内、ピエヒの決済なしに進められる案件は1つもなかった。ピエヒは社員たちから「長老」というあだ名をつけられ、その簡潔な指示は「神託」と呼ばれていた。

 ドイツで現在報道されている情報を総合すると、ピエヒは2015年2月に、米国の知人から「VWは、違法なソフトウエアによってNOxの排出量を偽装していたため、米国で深刻な問題に直面している。米国の環境保護局(EPA)は、すでに排ガス不正に関する文書を、VW本社に送っている」という情報を入手した。このためピエヒは、同年3月に、ジュネーブのモーターショーの会場で、VWのCEOだったマルティン・ヴィンターコルンに対し「排ガス不正に関する事実があるのか」と問い質した。ヴィンターコルンはピエヒに「そのような文書は受け取っていない」と答えた。

「排ガス不正を知らなかった」は本当か?

 この証言は、VWにとって大きな破壊力を秘めている。この証言が事実とすれば、「VWのヴィンターコルン前CEOは、発覚1カ月前まで排ガス不正について知らなかった」という同社の公式見解が、根底から覆されるからだ。

 VWが発表している訴訟抗弁書によると、ヴィンターコルンが社内の会議でEA189型ディーゼルエンジンに違法ソフトウエアが使われていることを、エンジン開発部のエンジニアから初めて知らされたのは、2015年7月27日。

 VW経営陣は法務部との協議の結果、このソフトの使用が米国の法律に違反すると判断し、9月3日にEPAに故意の不正行為があったことを「自供」。EPAが9月18日にこの事実を公表して同社の株価は一時43%も下落し、約250億ユーロ(3兆円・1ユーロ=120円換算)の株式価値が吹き飛んだ。ヴィンターコルンは責任を問われて、CEO辞任に追い込まれた。ヴィンターコルンは当時から今日に至るまで、「排ガス不正については知らなかった」と繰り返してきた。

 これに対しピエヒは、「自分は2015年2月にこの問題について、ヴィンターコルンに問い質した」と証言したのだ。これは、VWのエンジニアが会議の席上でヴィンターコルンにソフトウエアの問題を報告する5ヶ月も前である。もしもピエヒの証言が事実ならば、ヴィンターコルンは5ヶ月間も排ガス不正という違法行為を隠していたことになる。ドイツのブラウンシュバイク地方検察庁は、今年1月27日にヴィンターコルンに対して詐欺の疑いで捜査を開始したが、この背景にはこのピエヒの証言もあると見られている。

 しかもピエヒは検察庁に対し、「2015年3月に排ガス不正問題について他の監査役会メンバーにも報告した」と証言している。もしもピエヒの主張が事実ならば、2015年9月以来のVW経営陣の排ガス不正に関する説明は、根本的に覆されることになる。