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清武 英利
2017/02/23

銀座警察が消えた街 #3

50年後の「ずばり東京」――見栄と風儀と痩せ我慢の街

銀座フィルター

 ヤクザたちがアンダーワールドで争っていたころ、地上では銀座通連合会の商店主たちが中央区や不動産業者らと渡り合っていた。それは銀座を盆地のままにしておくのか否か、という選択であり、一方では収益拡大をめぐる商戦であった。

 銀座の街はもともと、個人のオーナーたちがほとんどの土地を所有していた。東京でも、日本橋や京橋地区は三井不動産、丸の内は三菱地所といった大きな開発業者が広い土地を持っているが、銀座は開発業者の所有地がほとんどなく、商店もみんな仲間内だったから、すべてが阿吽の呼吸で決まっていた。旦那衆の街でもあったのである。新しいことにもアレルギーがあるわけではないのだが、銀座に合わない者や企業はこの街に何年か居ると、弾かれたように出て行ってしまうのだった。

 商店主たちが思い出すのは、1994年にオープンした吉本興業の「銀座7丁目劇場」である。関西系のこのお笑い劇場はかまびすしく若者を集め、5年で閉館してしまった。すると、

「あれは銀座フィルターが効いたのだ」

 と銀座通連合会のメンバーは言い合った。

かつてあった銀座7丁目劇場 ©共同通信社

 ところが、銀座の地価が上昇を続けると、土地を引き継ぐには多額の相続税が必要になる。泣く泣く土地を手放したり、時代の変化でもとの商売だけではやっていけなくなったりする商店主が現れ、外国資本も進出してきた。これまで商店主の「銀座フィルター」で整理ができていたことができなくなってしまったのだった。

銀座が高さを求めた時代

 そんな時に規制緩和の話が持ち上がった。

 それぞれの街には高さ制限や容積率などの規制があり、銀座の場合、高さで言えば31メートルに抑えられていた。銀座4丁目交差点前にある三越や和光本館の高さである。地権者や不動産業者にしてみれば、そのままでは収益拡大は見込めない。特に賃貸収入は、賑やかな場所に最大の貸床面積をいかに確保するかにかかっている。

「高さ制限を少々緩和したい」という声が勢いを増すのは当然で、結局、1998年になって、銀座のビルの高さ制限は31メートルから、56メートルにまで緩和された。銀座が高さを求めた時代もあったのである。

 ところが、話はこれで治まらない。2001年に小泉純一郎が首相に就任し、構造改革を打ち出したからである。「都市機能の高度化と都市の居住環境の向上」を掲げた都市再生特別措置法が制定されると、超高層ビル建設ラッシュが起きた。

 この法律のもとでは、土地所有者の3分の2の了解があれば高いビルが建てられる。そこに着目したのが、六本木ヒルズの開発で知られる森ビルで、銀座松坂屋の跡地一帯を再開発して、上層階に住宅やホテルを備えたビルを建設するという計画を立てた。高さは200メートル近い。

銀座ルールを優先する

 銀座通連合会理事長に就任したばかりの遠藤彬は仰天した。

――これでは、銀座盆地に巨大な化け物が出現するようなものではないか。風害や防災面の心配もあるし、何よりも開けた空が見えなければ銀座通りではない。

「中央区とデベロッパーである森ビルが一緒に来て、松坂屋さんのところに、大きいものを建てますよ、というんですよ。向こうは理論武装してるし、こちらにはお金があるわけでもない。結局、やはり民意で押すしかないという話になったんです」

 遠藤は111年続く有名な美容室を経営している、街の顔である。彼らは銀座街づくり会議を結成し、次のような方針を立てた。

「国や東京都、中央区から何を言われようと、銀座は銀座であって、国の法律よりも銀座ルールを優先する」

 行政と戦っている間に、森ビルに加えて新たな開発計画が2つ提出されたが、「やはり、銀座には超高層ビルは要らない」という結論を導き出した。

 銀座は、青空の見える表通りがあり、路地があり、ブランド店に、ゴチャゴチャしている小さな店があったりして、回遊の街だから面白いのだ。それを整理して超高層にしたら、丸の内地区とどう違うのか――。

「歌舞伎座タワー」は例外

 中央区との大筋の合意が得られたのは、2006年4月のことである。条例も改正され、銀座1丁目から8丁目の間では、「文化などの維持・継承に寄与する大規模開発」という例外を除き、高さ56メートルを超えるビルを建てることはできなくなった。ちなみに、銀座4丁目に145メートルの歌舞伎座タワー建設が認められたのは、「歌舞伎は文化だ」という理屈からだ。例外ということになっている。

2013年に完成した歌舞伎座タワー ©共同通信社

 連合会によると、彼らが得た“勝利”はこれだけではないという。銀座開発にあたる業者は、商店主たちが力を持つ「銀座デザイン協議会」と協議せずに開発を行うことはできなくなった。

 つまり、銀座の景観にそぐわない出店に改善要求を突きつけることが公的に認められたのである。もともとこの街が備えていた「銀座フィルター」と呼ばれる淘汰機能が条例化され、一つのルールになったようにも見える。

 だが、ルールは往々にして出来上がったときから崩れていくものだ。

 まったく違う次元から浸食しようとする者たちもいる。銀座通連合会の役員らが恐れるものの一つが「民泊」である。

(文中敬称略)

(出典:文藝春秋2017年2月号・全4回)

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