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これまでの長篇も短篇も、全部家族がテーマになっていたと気づいた──道尾秀介(2)

話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」

2016/08/28

genre : エンタメ, 読書

note

額縁だけじゃなく、絵を見てほしかった

――次の『球体の蛇』(09年刊/のち角川文庫)は、一人の男の子が成長していく過程でのいくつかの時期が描かれます。トリックも使われていないですし、インタビューでも「はじめてノンミステリーを書いた」とおっしゃっていましたね。でも「書いてみたら人の心というのが一番のミステリーだと思った」とも。

球体の蛇 (角川文庫)

道尾 秀介(著)

角川書店(角川グループパブリッシング)
2012年12月25日 発売

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道尾 これは、オープンエンドなんですよね。ヒントだけ提示されてストーリーが終わっている。主人公たちの心をどこまで想像するかで、人によって答えが変わってくるんです。読んだ人はそこで初めてミステリーの世界に足を踏み入れていく。そういうものが書きたかったんです。

 モチーフを探している時に、世田谷ものづくり学校にスノードーム美術館があるという話を聞いたんですよ。それで行ってみて、ありとあらゆるスノードームが並んだ棚を、長時間じっと眺めていたら、どっちが内側か分からないような、妙な感じになってくるんですよね。ドームの中で雪かきをしているおじさんに愛着が湧いてくるうちに、この人にとっては僕がいる側は「世界の外側」なんだなと思えてきて、そんなことを考えていたらバッとストーリーが浮かびました。

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――初期のサプライズがある作品について「びっくりした、驚いた、ということばかり言われる」とおっしゃっていたことがありますが、だからこそあえてサプライズのない作品を書いた、ということはありませんか。

道尾 その意識もちょっとありました。たとえば僕の場合、仕掛けを考えるのに比べて、人の心理描写を考える労力のほうが高いんです。驚かせようと思ったら方法はいっぱいありますから。たとえばすごく細部までこだわって一生懸命絵を描いて、最後にその絵が似合う額縁を探して入れて見せたら、額縁だけ褒められたみたいなイメージで、もっと絵を見てほしいという気持ちが『球体の蛇』の頃にはありました。おこがましいと言われるかもしれませんが、多少おこがましくないと、この仕事はやっていられないですからね。

――「人はみんな球体の蛇なんだ」ということを肯定的に受け入れられる話で、すごくいいなと思ったんです。

道尾 僕も『球体の蛇』は、よくこんなの書けたなって、いまだにすごい作品を書いたなって思っています(笑)。あれ好きです。

――次の『光媒の花』(10年/のち集英社文庫)は連作短篇集で、本作で山本周五郎賞を受賞、そして『月と蟹』で翌年直木賞を受賞します。

光媒の花 (集英社文庫)

道尾 秀介(著)

集英社
2012年10月19日 発売

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道尾 『光媒の花』はひとつひとつ完結して読めるショートストーリーになっていますが、続けて読むことで化学反応を起こして、長篇でも短篇集でもない世界を描けるという。そういうのがやりたかったんですね。

『月と蟹』は先ほども言いましたが、仕掛けというものを使わないで『向日葵の咲かない夏』を書くというのが僕のコンセプトでした。それはもう僕の中では大成功だったんです。他の人がどう思うかは分かりませんが、あれを書けたことで、両方できるんだということを、自分が認識できたんですよね。書き上げた時点で、大きな自信になりました。

――受賞するまで5回連続で直木賞にノミネートされたんですよね。連続で、というのがすごいですよね。

道尾 ノミネートされるだけで嬉しかったですね。あとは運ですから。誰が一緒にノミネートされるかでも変わるし、選考委員にも好き嫌いはあるでしょうし。

 正直なところ、受賞するかどうかはあまり気にしていませんでした。ノミネートされる時って、もう次の次くらいの作品を書いている時期なので。ただ、応援してくれている人たちに喜んでもらいたかった。あの頃、直木賞の候補作決定から選考会までのあいだ、書店さんで『月と蟹』に「念願の受賞なるか!」と書かれたPOPがあって、「べつに念願というわけではないんだけど……」みたいなことをTwitterに書き込んだら、「我々読者の念願です!」ってリプライをくれた人がいて、それを見てとても恥ずかしくなったのを憶えています。やっぱり、本って自分のために書くものじゃないんですよね。