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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2017/02/28

カンボジア「ハッピー・ピザ」の謎を追いかけて #1

イラスト 小幡彩貴

 二十世紀最後の年だったと思うが、カンボジアの首都プノンペンの宿で妙な噂を聞いた。市内のあるピザ屋でピザを頼むと店員が「アー・ユー・ハッピー?」と訊いてくる。そこで「イエス」と答えると大麻入りのピザが出てくる。名付けて「ハッピー・ピザ」――。

 本当だろうかと首をひねった。当時すでにカンボジアは混沌の内戦状態を抜け出して、まともな国作りに邁進していた。大麻は当然違法であり、路上で声をかけてくる売人もいない。

 半信半疑ながらメコン河沿いにあるその店に行ったのは「謎」を放っておけない性格のためだった。行ってみればピザ屋というより、かなりお洒落なイタリア料理店だった。店の前には国連のランドクルーザーやベンツが止められ、中も裕福そうな外国人ばかり。とても大麻入りの料理が出てきそうな雰囲気ではない。

プノンペンのにっこり美人

「やっぱりデマだったか……」と思いつつテーブルに着くと、カンボジアでは珍しいくらいの美人の女性(ウェイトレスというよりマネージャーという感じ)がやはりこの国では珍しいほど愛想良くやってきた。

 私はオーソドックスにマルゲリータ・ピザを頼んだ。一枚五ドルは高いが、この程度の高級店では相場とも言える。女性は頷くとニコニコしながら「ハッピー?」と言った。なんと、噂通りの展開である。驚きながら「ベリー・ベリー・ハッピー!」と力を込めると、彼女は「OK」と言って姿を消した。

 待つこと約十五分。にっこり美人が持ってきた皿を見て、思わず吹き出しそうになった。湯気を立てているピザの表面が真っ黒になっていたからだ。何かの粉をびっしりかけて焼いてある。

ハッピー・ピザ

「これ、ハッピー・ピザ?」と訊くと、彼女は「イエース!」。カメラを取り出し、ピザと彼女に向けてパシャパシャ撮っても笑顔のまま。なんだろう、この屈託のなさは。謎は深まる一方である……。

(つづく)

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