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楠木 建
2017/02/28

カジュアルを超えた「オールマイティ・ウェア」とは何か

楠木建の「好き」と「嫌い」――好き:オールマイティ・ウェア 嫌い:スーツ

その概念と効用

 あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。

「オールマイティ・ウェア」という概念をご存知だろうか。え、ご存知ない? 当然である。これは僕が20年ほど前に勝手に確立した概念で、「(できる限り)いつでもどこでも同じ服を着ている」という生活様式を意味している。

 こう言うと、故スティーブ・ジョブズさんの黒いTシャツ(もしくはタートルネックのニット)とジーンズ姿を思い浮かべるかもしれない。しかし、これはオールマイティ・ウェアとは似て非なるものである。オールマイティ・ウェアというのは時間軸における着用の連続性に特徴がある。すなわち、起きている時も寝ている時も、家にいるときも外に出ている時も完全に同じ服装。これがオールマイティ・ウェアである。ジョブズさんも寝ている時は黒Tとブルージーンズではなかったと推測する。もしかしたらそうだったのかもしれないが、それはこの際どうでもいい。

 20世紀後半以来、服装はカジュアル化の一途をたどってきた。今に至っては、ZARAのような「ファストファッション」やユニクロのような「ライフウェア」が隆盛を極めている。しかし、これからはカジュアル化ならぬオールマイティ化である。オールマイティ・ウェアがメガトレンドになる時代がすぐそこまで来ている。

カジュアルなライフウェアの代表格「ユニクロ」 ©iStock

 ま、そういう予感がするのは僕だけだという気もするが、やってみるとこれが実にイイ(ちなみに本連載で「イイ」というのは、普遍的な価値基準で「良い」ということではなく、僕の極私的な好き嫌いの基準で「イイ」ということなのでご注意ください)。服飾費がかからない。服を着替える手間がいらない。物が増えない。どの服にしようかと迷う必要がない。服を出し入れする手間がかからない。というか、服を収納する必要がそもそもない(着ていない時は常にベッドの上に置いてある)。厳選の逸品なのでいつでも快適。いやー、本当にオールマイティ・ウェアって素晴らしいですね!

「ノームコア」ではない

 オールマイティ・ウェアはファッションではない。ひところ「ノームコア」(Normcore)というファッションのコンセプトが耳目を集めた。あまり服飾に関心がない文春のターゲットど真ん中の読者はご存じないかもしれないが、ハードコアなノーマル、あっさりいえば「徹底してフツー」というスタイルである。ファッションは本来的に個性を主張する。ファッションで個性を前面に出す人が多くなると、かえって「普通であること」が「個性」となる。話がややこしいが、ノームコアというのはそういうことで、結局のところファッションであることには変わりがない。

 このノームコアの代表がスティーブ・ジョブズさんだった。ISSEY MIYAKE1の黒のプレーンなセーター(特注品だったらしい)にリーバイスのジーンズ、グレーのニューバランスのスニーカー。これは彼のこだわりのファッションであり、個性の主張である。

在りし日のスティーブ・ジョブズ ©getty

 ジョブズさんは確かにカッコよかったし、ノームコアもひとつのトレンドになったわけだが、あくまでもファッションとしての趣味嗜好である。お洒落なノームコアの人は一見何の変哲もないシャツやニットやデニムを何着も買い揃えていると推測する。これはオールマイティ・ウェアの精神の真逆である。とにかくそれしかない、いつでもどこでも同じ服を着ている。そこにオールマイティ・ウェアの本領がある。

ラクの追求

 だからといって、オールマイティ・ウェアはミニマリズムでもない。断捨離とかミニマルな生活というのは、所有するものを少なくすること自体が目的化しているフシがある。オールマイティ・ウェアの目的はそうではない。それは2重の意味での楽(ラク)の追求にある。まずは服装そのもののラク。着ていてもっとも楽でストレスがないことがオールマイティ・ウェアの絶対条件である。もうひとつは行動のラク。選ぶ必要がない、しまう必要がない、取り出す必要がない、着替える必要がないのでストレスフリー。

 裏を返せば、僕はスーツが嫌いなのである。何も特段の思想や主張があるわけではない。単純にラクでないから嫌いなのである。シャツを着てネクタイを締めてスーツを着る。ズボン(今で言うところのパンツ)を着るにもベルトがいる。いろいろな部品をその都度引っ張り出して組み合わせなければならない。もちろん組み合わせにも気を使う。脱いで部屋着に着替えるときは、逆の順番で同じ手間をかけなければならない。選択も洗濯も厄介だ。

 なによりスーツは着ていて疲れる。僕はそれなりにアタマを使う仕事をしているので、アタマがスムーズに回るような状態を整えるのに気を使う。服装でいえば、体にかかるストレスがないのがいちばんだ。