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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2017/03/07

カンボジア「ハッピー・ピザ」の謎を追いかけて #2

イラスト 小幡彩貴

 カンボジアの首都プノンペンで、注文時に「ハッピー?」と訊かれ、「イエス」と答えると大麻入りのピザが出てくるという謎の噂を聞き、行ってみたという話の続き。

 国連職員も食事をしているお洒落で明るい店のテーブルに、表面が真っ黒になった「ハッピー・ピザ」が運ばれてきた。食べてみるとその粉はとても苦いが、焼いた大麻など食べたことがないから判断がつかない。そして、それ以外は香りも味も本格的なイタリアンのピザ。異様さが際立っていた。

 ゆっくりとピザを食べ、そのあとビールを頼んでくつろいでいたら、やがて腹の底からもわっと暖かくなってきた。胃袋の中に温泉が湧いたような不思議な感覚だ。でも大麻を食べたことがないし、酒の酔いかもしれないし、よくわからない。

 わからないまま勘定を済ませ(メニューにあったピザの料金だけだった)、外に出ると妙に気分がいい。カンボジアが最も暑い四月のしかも午後一時過ぎ、日向の気温は五十度くらいに達していたと思うが、なぜか暑さを全く感じない。

 目に映るものは何もかもが美しく、面白い。私はカメラで写真を撮りまくった。ふつうは人物を撮るときは「いいですか?」と声をかけるのに、このときは反射的にカメラを向けてシャッターを切ってしまった。直後に微笑む。すると、誰ひとり不愉快な顔をせず、微笑みを返してくれる。こちらがあまりに無邪気なので、ついつられてしまうらしい。いい写真がバンバン撮れる。

「俺、今、アラーキーになってる!」と思った。

 そう思うと気分はますます高揚し、「ハッピー、ハッピアー、ハッピエスト!」と幸せの形容詞を大声で活用していた。

表面が真っ黒のハッピー・ピザ

 ホテルに帰るなりベッドに倒れ込み、そのまま十時間眠ってしまった。目覚めるとアラーキーではなく、ただの人に戻っていた。いまだにあの粉が何だったのかよくわからない。