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社会の一大事よりも、特定の個人にとっての一大事を書きたい――横山秀夫(2)

話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」

2015/04/12

genre : エンタメ, 読書

読者からの質問「どんな刑事になりたい?」

――ここからは、募集した読者の質問からまとめてお伺いします。

 

●ミステリーに興味を持つきっかけとなった作品などがありますか?(30代女性)

横山 さきほど『黄色い部屋の謎』のことに触れましたが、夢中になって読んだという意味ではやはりシャーロック・ホームズでしょうか。夜中に布団をかぶって、懐中電灯の灯りで読んだ『銀星号事件』が忘れられません。大人になってからは清張さんと本格推理。どちらからも影響を受けていると思います。

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●1日に400字詰原稿用紙で何枚ほど書かれますか?(20代男性)

横山 毎日、最低でも10枚は書いていますが、そのうち9枚捨ててしまうなんてことも珍しくありません。ピヨピヨが出れば20枚から30枚くらい、いきなり完成稿で書けたりしますが、なにぶん彼らは、私がとことん限界まで体と気持ちを追い込まないと現れてくれないので、いわゆる諸刃の刃ですね。

●何時に起床して、どのように過ごされ、何時に寝るのですか?(40代女性)

横山 記者時代から昼夜逆転のような生活をしていたので、執筆はつい夜に頼ってしまいます。寝るのは朝の9時ごろで起床は午後2時か3時。忙しくなければ、夕飯まで庭をいじったり犬と遊んだり、「ちょっとそこまでドライブ」に出掛けたりしますね。あと、ホームセンターをぶらぶらするのが好きで、いつ何に使うのかもわからないネジを買ってしまったりします(笑)。

●小説を書く時は結末を決めてから書き始めますか?(20代女性)

横山 ケースバイケースですが、短編の場合、結末の少し前の場面のあたりを思い描いて書くことが多いですね。結末は2つか3つ用意するなどややぼんやりさせておいて。結末ではなく、結末めいたものが頭にあるぐらいが丁度いいんですね。着地点がはっきりしていると、途中、前のめりになって書き急ぐような感じになってしまいますから。

●先生の大ファンで御著書はすべて読んでいます。新聞や週刊誌での連載のご予定はないのでしょうか?(40代女性)

横山 あ、「私は先生でも生徒でもありません」が口癖です(笑)。ご愛読ありがとうございます。お尋ねの件ですが、すみません、もう心身ともに相当ガタがきているので、体力的にも能力的にも新聞や週刊誌の連載は難しいです。当面は既に書き終わっている長編を仕上げたり、シリーズ物の短編の本数を揃えるなどして、1冊1冊、地道に本を出していきたいと思っています。

●県警を舞台にした作品を多く書かれていますが、作品の舞台としての使い勝手は県警と警視庁ではどう違いますか?(40代男性)

横山 私の作風ですと、警視庁のような巨大な組織は手に余ります。組織が大きくなればなるほど、1つの事件や問題に関わる人が増え、その分1人ひとりに掛かる負荷や責任が薄まってしまうからです。個人の葛藤を描くなら、とりわけ組織との関係性を色濃く出したいのであれば、器は小さければ小さいほど効果的だと思います。

●『64』の「たまたまが一生になることもある」という一文がとても印象的でしたが、物語のどの段階で浮かんだのでしょうか(30代女性)

横山 嬉しいですね、そこをつついてくださって(笑)。心のどこかで今はたまたま広報にいるだけと思っている三上に対して、尾坂部元刑事部長がかける謎めいた言葉ですよね。あれは、書き手の私が想像していた以上に三上が深い森に迷い込んでしまったので、抜け出すきっかけを与えたいと考えました。もとをただせば筆者の自問です。『64』がまったく書けなかった時、俺が作家になったのは必然か、たまたまか、って。

●『クライマーズ・ハイ』を何度も読みました。インターネットにニュースがあふれている時代ですが、あえて新聞社のいいところを。(30代男性)

横山 おっしゃる通り、ソーシャルメディアに押されて新聞はじり貧です。ですが、こんな時代にあえて紙の媒体を仕事に選ぶ人たちの志は高いのではないでしょうか。さっきも少し話しましたが、新聞記者でござーいと踏ん反り返る人たちは確実に減りつつあります。新しい血が、新聞の未来図を描いてくれることを祈りたい気持ちです。

●警察小説をたくさん書かれていますが、もし自分が刑事になるとしたら、どんな刑事になりたいですか?(30代男性)

横山 駆け出し記者の頃、転職して強行犯捜査係の班長をやってみたいと思ったことがありました(笑)。今なら取調官ですかね。自分の人間観察力や洞察力が本物の犯罪者に通用するのかどうか試してみたいです。まあ、1人も落とせないでしょうけど。

●ご自分の小説の登場人物で、「こいつ格好いいなあ」と憧れるのは誰ですか?

横山 ぱっと浮かぶのは『64』の参事官、松岡ですね。私もこの男の下で働いてみたいです(笑)、二渡もかなりイケてる。『影踏み』(2003年刊/祥伝社文庫)の忍び込みのプロ真壁や『臨場』(2004年刊/のち光文社文庫)の検視官倉石。あと『第三の時効』(2003年刊/のち集英社文庫)の三人班長たちも……これってもう自著の宣伝ですよね(笑)。

影踏み (祥伝社文庫)

横山 秀夫(著)

祥伝社
2007年2月 発売

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●『64』を読んでいて、ある意味ブラック企業だなと思いました。しかし警察官が事件解決のために寝食を忘れて頑張ってくれる姿は憧れます。現実の警察は今もそうなのでしょうか。今後は変わっていくのでしょうか。(40代男性)

横山 ブラック企業? 警察は上が下に対して絶対的な支配力を持っているので、そうした要素があるのは否定できませんね。そもそも「下から学ぶ」という意識が、他のどの組織よりも希薄なんです。その弱点をちゃんと認識しない限り、大きな変革は望めない。警察庁が雲の上から改革の旗を振るのではなく、それこそ、日々頑張っている一線警察官の間に「部下から学ぼう」みたいなのが起こればいいのになあ、とか常々思っています。

●ご自身で脚本を書いてみたいと思うことはありますか? (40代女性)

横山 横山作品の脚本を書くのは御免被りたいですね(笑)。というのも、私は小説を書く時、頭のどこかで「映像にしにくいもの」をイメージしているからです。台詞よりも内面描写が多い。というか、ほとんど内面描写でストーリーが展開する。私は漫画脚本の経験者でもあるので、こんなに面倒なものに手を出したら時間がいくらあっても足りないよ、というのが本音です(笑)。

●「横山秀夫サスペンス」という2時間ドラマが大好きで、再放送されると必ず観ています。特に「密室の抜け穴」は展開が分かっているのに観ます。他にもさまざまな映像作品がありますが、原作者として納得されていない作品はありますか?

横山 前の方への回答と関連しますが、いやあ、どれもこれもうまく映像化するもんだなあ、と(笑)。「密室の抜け穴」、私も好きですよ。あのシリーズの製作スタッフは、たびたび合宿をして本の読み込みをしているので、私より横山作品に詳しくて(笑)。ほかのシリーズでも、これは許せない、みたいなものは滅多にないですね。活字と映像は好敵手。それだけに無二の親友になれる可能性もあると思っています。

●群馬のよいところを教えてください。(20代女性)

横山 なんでしょう。群馬は完璧な車社会なので、ドライブ好きの私にとってはすこぶる居心地がいいんですね。町なかに住んでいますが、5分走れば田園地帯、1時間も走れば大自然の懐に飛び込めます。名物名産のたぐいは少ないけれど、高原野菜とかびっくりするほど美味しいですよ。青空と、山の稜線が好きな人になら移住だってお勧めできます。

 かくいう私も新聞社を辞めた時、東京に戻らず、群馬に住み続けることを選びました。人生における3大選択の1つでしたね。ちなみに次に出す作品は「なぜあなたは今、そこに住んでいるのですか」が隠しテーマです。あ、また宣伝になっちゃいましたね。

社会の一大事よりも、特定の個人にとっての一大事を書きたい――横山秀夫(2)

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