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辻村 深月
2017/03/08

辻村深月「ずっと恩田陸さんのような作家になりたかった」

祝・直木賞受賞 エッセイ「恩田さんとわたし」

 90年代に青春を送ったミステリ好きで作家志望の女子――つまり私のような人間にとって、おそらくは共通していたことがある。

 それは、「恩田陸のような作家になりたい」ということ。少なくとも、私の周り、大学時代に知り合ったミステリ研究会関係の仲間の間では、恩田さんの名前はそれくらい特別なものだった。

 では、“恩田さんのような作家”とは、果たしてどんな作家なのか。今回、恩田さんの本が並ぶ我が家の本棚をまじまじと眺めながら、改めて考えた。

 

©中井菜央/文藝春秋

 学生時代から、恩田さんの小説が大好きだった。どの話も一作一作こんなにも違うのに、それでも全体を通じて同じ恩田さんの色をしている。この人の書いたものを読みたいと新刊を待つことができることさえ幸せだった。

 作家になったばかりの頃、私は有頂天だった。ずっと行きたかった本の世界の向こう側――作り手側に来ることができた喜びで舞い上がる私の心中を見透かすように、当時の担当編集者からこう聞かれた。

「辻村さんは今すごく楽しくて、すぐにでも専業作家になりたいでしょう?」

 当時、故郷の山梨でOLをしていた私は、その言葉に躊躇(ためら)いつつも頷いた。すると彼がこう続けたのだ。

「僕、専業作家になって執筆量が増えた人は、恩田陸さんくらいしか知りません」

 その瞬間、耳の横をごおーっと風が強く吹き抜けたように思った。

六番目の小夜子』や『球形の季節』、『三月は深き紅の淵を』に『木曜組曲』、『月の裏側』、『象と耳鳴り』、『MAZE』に『蒲公英草紙』――、私の好きな恩田作品が一気に蘇ってきて、その多彩さと、恩田節とでもいうべき、あの語りの美しさが駆け抜ける。

 作家になる前の私にだって、それがどういうことなのかわかった。新刊を待ちわびていたはずの私が追いかけるのが難しくなるくらいの勢いで恩田さんの本が書店に並んだ、あの時期のことをはっきり覚えている。

 プロになるとは、恩田さんのような作家に憧れるというのはこういうことなのだと思い知った。恩田さんのように書きたいと思えるほどの源泉が自分の中にあるのかどうか、私はその時、覚悟を問われたのだ。その人は、かつて恩田さんの担当でもあった人だった。

 その問いかけをもらったことで、私のその後が決まった。一作一作小説を送り出しながら、自分に何ができるのかを考えていく。結局、私がOLをやめて専業作家になったのは、デビューして四年ほど経ってからだった。

 作家になってから、光栄なことに私の好きな恩田さんのあの本、この本を担当したという編集者が私とも仕事をしてくれるようになった。その人たちと全力で恩田作品の魅力を話す時のあの楽しさ。同年代の編集者とは、時に作家と編集者という立場を忘れて、ただの恩田ファン同士になった。あの時期に同じ作品を違う場所で読み、ともに感銘を受けていたこと、恩田さんの作品を入口に読書の世界が広がったこと、だから今本の世界で作家や編集者として仕事をしているのかもしれないと話し合う。私たちにとって、恩田さんの本は「知の泉」であり、壮大な読書世界の根っこだった。

 そして、私が初めて文学賞の候補になった時のこと。担当の編集者たち数人と結果を待つ待ち会の席で、ひとりの編集者がこう言った。

「受賞した時、お祝いで人が増えるのは当たり前のことなんですけど、中には残念会に人がどんどん増えていく作家さんもいるんですよ」

 誰ですか、と尋ねる私に、その場にいた皆が口をそろえてこう答えた。「なんといっても恩田陸さん」と。

「みんな彼女のことが大好きなんです」

 その言葉に、かつての私の憧れがまた共鳴する。恩田さんのような作家になりたい。"恩田さんのような作家”とは、つまり、そういうことではないか。

 今回の恩田さんの直木賞のお祝いを、どれだけたくさんの人が喜び、自分のことのように祝ったろうと考えると、それだけで、私まで胸がいっぱいになる。

 今も憧れの恩田さん。

 私が最初に憧れた学生時代から今日まで、恩田作品は進化しながら、だけど変わらない。ブレない。面白いし、読めることに喜びを感じる。だから私は、今も変わらず新刊を待ちわびる。そういう作家さんと同じ時を過ごせることは、同業者としてなんという幸運だろう。

 恩田さん。これからも、私たちにとっての“恩田陸のようになりたい”作家でいてください。それと、お会いするといつも私ひとりの贅沢なファンミーティングみたいになってしまって、本当にごめんなさい。

 

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文藝春秋
2017年2月22日 発売

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