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天皇生前退位に「日本会議」が猛反発。「お気持ち」表明へ

安倍首相はどう判断する?

source : 週刊文春 2016年8月11日号

genre : ニュース, 政治, 社会

「参院選大勝で改憲発議に漕ぎ着けようという折に……改憲を頓挫させようというのか」と勘繰る論客もいる。生前退位について世論は是に傾いているが、万世一系の皇位継承を重視する日本会議は反発を隠さない。「お気持ち」表明を前に侃々諤々の議論が起きている。

◆◆◆

「これは天皇陛下からの最後のメッセージともいえる、大きなものだから」

 NHKの“第2報”を受け、ある宮内庁幹部はこう呟いたという。

〈天皇が天皇の位を生前に皇太子に譲る「生前退位」の意向を宮内庁関係者に示されている〉

 この“第1報”が7月13日に出てから2週間余り。

「またもNHKが7月29日の午前6時、〈天皇陛下 8月にもお気持ち表明へ〉と報じた。天皇陛下が生前退位をめぐり、ご自身のお気持ちを表される機会が、8月8日を最有力として、設けられると報じました」(宮内庁担当記者)

 報道各社の世論調査では「ゆっくり休んでいただきたい」と生前退位のご意向を支持する向きが多い。日本テレビ系では「よいと思う」が90%を超え(7月17日)、日経では「認めるべき」が77%(25日)との結果が出た。

「宮内庁は、お気持ちを表明する機会として12月の誕生日会見を想定していましたが、ここへ来て、より早期にお気持ちを明らかにして国民に理解を促すことがふさわしいと判断したようです。方法として、陛下のお気持ちを肉声で、広く直接伝えるために、録画したビデオメッセージやテレビ中継などが検討されています。これまで会見以外で陛下が映像を通じて国民に語りかけられたのは、東日本大震災直後のビデオメッセージだけ。今回は陛下ご自身のプライベートなお気持ちを公共の電波に乗せる、極めて異例のケースです」(同前)

 天皇のお気持ちが揺るぎないものであることは、つい最近、記者たちも知るところとなったという。

トントン拍子に見えるが気をつけたほうがいい

「陛下が生前退位についていずれお考えを述べられるお気持ちであることが、宮内記者会に伝えられたのです。ご静養中の那須御用邸でも、終始笑顔でいらっしゃいました」(宮内庁関係者)

 だが、あるベテラン宮内庁担当記者は「トントン拍子に見えるが気をつけたほうがいい」と警鐘を鳴らす。

「本当に、宮内庁は生前退位のスキームが整うと考えているのでしょうか。生前退位を実現するには、何はさておき皇室典範の改正などが必要。保守層の猛反発はすでに始まっています。陛下が法改正を伴う皇室制度の変更について『お気持ち』を述べられることを、『政治的なモメンタムを促すのはいかがなものか』と指摘している保守論客は多い。ハレーションは避けられないでしょう」

 保守メディア上では「皇室典範の改正を断固阻止せよ」との主張も始まっている。その中心的存在は「日本会議」の関係者である。

安倍首相はどのように捉えるのか。

 会員数約3万8千人、「美しい日本の再建と誇りある国づくりのために、政策提言と国民運動を推進する」という国内最大の保守系任意団体。彼らが目指すのは「新しい憲法」の制定だ。安倍首相と政治思想的に近く、安倍政権の有力な支持団体として存在感を示している。国会議員懇談会には安倍首相をはじめ、麻生太郎氏、菅義偉官房長官ら閣僚が多数加盟している。

 日本会議の関係者が言う。

「我々は、男系男子の天皇を支持し、女系天皇・女性宮家創設には反対です。昭和22年に旧典範が現行典範へ改められはしたが、万世一系の男系男子による皇位継承についてはしっかりと維持されてきたのです。

 かつて小泉政権下で『皇室典範に関する有識者会議』が開かれ、その報告書に基づき、女系天皇を認め、第一子優先を柱とした法案提出の準備が進められたことがありました。結局、悠仁さまがお生まれになり、トーンダウンしたわけですが、我々はその2006年の3月、武道館で『皇室の伝統を守る一万人大会』を開催、『皇室の伝統を守る国民の会』を設立しました。万世一系の皇室の伝統を守るため、男系の皇位継承維持と磐石な皇室制度の確立などを提唱した大会決議が採択されたのです」

 典範改正に日本会議は反対し続けてきた。現閣僚の高市早苗氏は、日本会議の設立10周年大会に言葉を寄せ、「改悪」という表現を使い、嫌悪感をにじませている。

「皇室典範改悪阻止と国立追悼施設建設構想阻止については、今後も気を抜くことなく取組みを続けなければなりません」

 去る7月16日には産経新聞に日本会議副会長を務める小堀桂一郎・東大名誉教授がこんな談話を寄せた。

〈何よりも、天皇の生前御退位を可とする如き前例を今敢えて作る事は、事実上の国体の破壊に繋がるのではないかとの危惧は深刻である。全てを考慮した結果、この事態は摂政の冊立(さくりつ)を以て切り抜けるのが最善だ、との結論になる〉

 生前退位が〈国体の破壊に繋がる〉とは穏やかではない。

 日本会議中枢の1人で、憲法学者の百地章・日本大学教授はもし生前退位の「お気持ち」が表明されるとすれば憲法に抵触するおそれがあると指摘する。

「本来、天皇陛下の内々のご意見が外部に洩れたこと自体が問題ですが、仮に陛下のご意向によって、法改正に着手せねばならないとすれば、これは立憲君主制の否定です。日本国憲法第四条では〈(天皇は)国政に関する権能を有しない〉とされています。陛下のご意向は忖度(そんたく)すべきですが、国会や内閣が法的に拘束されることがあってはなりません。ましてや陛下に直接『お気持ち』を語っていただくなど、宮内庁の責任逃れだと言える」

 また、典範改正を避けるべき理由について、

「皇室典範は一般法ではありますが、皇室の長い歴史の正統性を担保し、かつ将来にわたって効力を持つ恒久法です。簡単に変えてはならない。現行の皇室典範制定時、金森徳次郎国務大臣が『天皇に私なし』と述べ、退位規定を設けなかった理由を国会で説明しました。皇位継承に『私』の意志が入る余地はない。譲位を認めることは『私なし』の皇室の伝統に反する恐れがあると思います」(同前)

 典範改正ではなく、「摂政」を置くことで事態の打開を図るべきだという。

「一時的なムードに左右されて結論を急いではなりません。必要であれば、典範に規定されている『摂政』を置く要件である〈重大な事故〉を拡大解釈して、摂政となられた皇太子殿下に国事行為などを引き継がれればいい」(同前)

 日本会議の会合で講師を務め、思想的にも近い麗澤(れいたく)大学教授の八木秀次氏は、

「天皇陛下は焦るお気持ちからなのか、やや前のめりになっておられるようです。明治の皇室典範は、生前退位を積極的に排除した形になっている。伊藤博文が記した解説書『皇室典範義解』では、譲位は本来の皇室の伝統ではないとして、南北朝時代の混乱を挙げています。譲位規定は、皇統の安定性を揺るがす実に危険なものだからです」

 日本会議で政策委員会代表を務める大原康男・國學院大學名誉教授は、仰ぎ見る存在としての天皇こそ、有難いのだと説く。

昭和天皇も退位を希望された

象徴としてのお務めについて言及される天皇陛下。

「少なくとも3回は退位を希望された昭和天皇も崩御されるまで皇位に留まり続けられました。ご公務である国事行為やいわゆる公的行為をなさること以上に、天皇陛下がいつまでもいらっしゃる“ご存在”の継続こそが最も重要なのです」

 日本会議代表委員の入江隆則氏(明治大学名誉教授)は、有識者会議の場で生前退位を押し戻すべきと語る。

「125代続いた皇位継承の伝統を弊履のように捨てて今上陛下や皇太子殿下、秋篠宮殿下などのお顔だけを考えて皇室制度の変更を検討するのは拙速です」

 元衆院議員で日本会議の一員である島村宜伸氏は、学習院大学時代に天皇と同期だったという縁があるが、「難しい問題なのでね。陛下のお気持ちを実現するための機運が高まるのがいつなのか。そこを我々も厳しく見ている」と述べた。

 日本会議では過去に「新憲法の大綱」を発表している。そこでは立憲君主制のもと、「元首」としての天皇の下に内閣総理大臣が決定権を持つ形の新憲法を目指すことが明記され、前出の百地氏と大原氏らによる解説書も出版された。

 つまり、皇室を尊重する姿勢に変わりはないが、天皇が追求してこられた「象徴天皇」の在り様と「元首」としての存在では根本的に天皇観が異なるのである。

 千代田関係者はこうした反対意見についてこう語る。

「125代にわたる伝統を背負っておられる天皇陛下にとって、皇位継承問題の重みは一般の人々の想像を絶するものがあると思います。陛下にとっては、国民の中にわけ入って公務を行う姿を見せ続け、まさに“象徴”に為らんとする在り方こそが天皇なのです」

 ここに摂政を念頭に置かれない天皇のご真意があるのでは、という。

「国事行為の代行者たる摂政ではなく、皇位をお譲りすることが、56歳を迎えた皇太子さまのご自覚を促すのに必要でした。また皇太子ご夫妻が両陛下となられ、万が一雅子さまが十分お務めを果たせないような事態が起きれば、さらに次代の秋篠宮さまに繋ぐことができる制度設計を、陛下は熟慮の末に思い描かれたのだと思います」(同前)

 美智子さまは「お気持ち」表明を前に語られたという。

「陛下が直接お話しになることで、制度や政治に混乱を起こすことなく、人々によく分かっていただけるのではないかしら、とおっしゃいました」(同前)

「お気持ち」が明らかにされれば、内閣官房の皇室典範改正準備室が中心となり、今秋をめどに有識者会議を設置するという。政府側も準備を整えているようだ。

田久保忠衛氏。©文藝春秋

 一方、日本会議では「お気持ち」が表明された後の行動も検討しているという。会長を務める田久保忠衛・杏林大学名誉教授が語る。

「はっきりした方向性が出てくれば、民主的に意見を集約して、声明を発表する可能性はあるでしょう。しかるべきところからの発表があるまでは一切のノーコメントを貫いております」

 ご即位から28年目の夏、天皇からのメッセージを静かに傾聴したい。