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連載阿川佐和子のこの人に会いたい

阿川佐和子のこの人に会いたい――松本伊代(タレント) 前編

昨年、デビュー35周年記念ライブを見事成功させた松本さん。線路内に無許可で立ち入った件の直後の収録のため、謝罪の弁からお話が始まりました。夫・ヒロミさんと昨年離婚危機があったという衝撃のエピソードも。

◆ ◆ ◆

基本的にヒロミさんの言ってることが正しいし、ヒロミさんがいないと生きていけないんです。

阿川 なんかちょっと大変なことになっちゃったみたいで、大丈夫?

松本 この度は、皆様にご迷惑、ご心配をおかけいたしまして、申し訳ございません。深く反省しています。

阿川佐和子 ©文藝春秋

阿川 まあまあまあ。昨年はご主人のヒロミさんにこのコーナーにご登場いただきまして。

松本 その節はお世話になりました。

阿川 いえいえ、こちらこそ。ちょうど伊代さんも去年の秋がデビュー35周年だったんですね。記念コンサートに密着した映像を拝見しました。

松本 ありがとうございます。最近はバラエティー番組のほかに、ステージに立たせていただく機会がすごく増えましたね。早見優ちゃんとか、森口博子ちゃんと一緒にジョイントライブをすることが多いんですけど。

阿川 リバイバルといっちゃナンですが、いま80年代ブームだそうで。伊代さんも早見優ちゃんと『ベストテン』風のセットを使って『センチメンタル・ジャーニー』の替え歌を歌うCMに出てましたよね。ステージで一緒に歌うようになったのはいつごろからですか?

松本 7、8年前からですかね。10年以上前に優ちゃんと堀ちえみちゃんと企画で「キューティー★マミー」というユニットを組んだんですけど、特に私と優ちゃんは歌が好きだから、以降も誘いあって「こういうのができたらいいね」と話してちょっとずつ増えていきました。よく森山良子さんと由紀さおりさんがジョイントされているので、それを目標に(笑)。

阿川 昔のアイドルの人たちの中には歌をやめて女優やタレントになるケースが多いけれど、伊代さんの場合は歌への思いが強かったんですか。

松本 小さいころから歌って踊ってというのが好きだったので。ピンク・レディーさんやキャンディーズさん、石野真子さんに憧れてこの世界に入ったんです。

阿川 たしかデビューはスカウトがきっかけでしたっけ?

松本 はい。原宿でスカウトされた後、事務所の社長さんにお会いしたときに、「トシちゃん(田原俊彦)の妹役のオーディションがあるから行って」と言われて受けてみたら、合格してすぐに記者会見という感じになったんです。そこからもうトントントンで、まさにシンデレラガールでしたね。

阿川 自分で言うか(笑)。

松本 だって、ほんとにそうだったんですよ(笑)。「2年間は休みがないと思ってください」と言われましたけど、アイドルの仕事で嫌なことは全然なかったです。

阿川 全然ないの!? 泣いたこととかは?

松本 それはいっぱいありましたけど、嫌だと思ったことはないんですよ。もちろん1人で電車に乗れないとか不自由なことはありましたけど、私の場合は短大に行かせてもらえたので、普通の人の感覚に近寄れたかなと。

阿川 同世代の友達も出来た?

松本 はい。「今度合コンがあるけど、行かない?」って誘われたりも。

阿川 え、まさか行ったんですか!?

松本 さすがに行けないですよね。友人も勇気を持って誘ってくれたと思うんですけど(笑)。短大に行けたのは、当時の事務所の社長さんがすごく先見の明がある方で、ちょうど女子大生ブームが始まる直前に「女子大生になってみたら?」と言われまして。