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連載読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

村上春樹とウイスキー――読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

 ウイスキーが好きだ。

 と言うと、驚かれることが多い。

 ウイスキーは、おじさんと呼ばれる男たちが飲むお酒だと思っている人が多いからだ。

 私の二十代、三十代の友達にも、ウイスキー好きは多くない。いたとしても、そのほとんどは男性だ。でも、私はウイスキーを男たちだけの楽しみにしておくことを、とてももどかしく思う。

 私がウイスキーに興味を持ったのは、二十六歳を過ぎた頃。

 ホールツアーをしている時に読んでいた村上春樹さんの『1Q84』の中に、カティサークというウイスキーが出てきた時だ。

 本の中で、綺麗な形に頭が禿げた男が、バーでウイスキーを注文するシーンがある。

 男は、ふと思いついたようにカティサークはあるだろうかと尋ね、それをハイボールで飲んでいた。すると後ろから青豆という女性に、

「カティサークがお好きなの?」と聞かれるのだった。

 男はびっくりしながら、こう答える。

「昔からラベルが気に入っていて、よく飲みました。帆船の絵が描いてあるから」

「船が好きなのね」

「そうです。帆船が好きなんです」

 私は、この一連のやり取りが好きだった。飲んでいるウイスキーを好きな理由として、味や香りの知識をひけらかす訳でも、ロマンを語る訳でもなく、ただ、帆船の絵が描いてあるから、と。

 本を閉じて、目を閉じて、想像した。帆船ってどんなやつだったかな。ロマンチックな気分で口角を上げているのに、頭の中には、中途半端な形の船がぷかぷかと浮かんでいるだけだった。

 私は仕方がなく目を開けた。同時にインターネットを開いた。カティサーク。

 検索すると、透明の緑色の瓶にからし色のラベルが貼ってあるボトルが、いくつも現れた。そして中央には、柔軟剤のCMのようにたくさんの帆がなびいている船の絵が描かれていた。帆船だ。

「帆船が好きなんです」

 その台詞通りの、素敵なラベルだった。

 ラベルだけでなく、実際のカティサークのボトルも探した。ツアー中だった私は、島根や岡山の現地の小さな酒屋にいき、

「カティサークというウイスキーはありますか?」

 と聞いてまわったのだ。

 しかし、地方の酒屋ではカティサークを見つけることは出来なかった。

 そして東京に帰ってきてからは、忙しいまま、そのウイスキーのことをすっかりと忘れていった。

 ある朝、一緒に曲作りをする約束をしていたなかじんが言った。

「ずっと探してたからさ、船のウイスキー」

 彼は緑色の瓶、つまりカティサークを手にしていた。私は驚き感激し、彼に感謝の気持ちをたくさん述べ、その夜にべっこう色のウイスキーを早速グラスに注ぐことにした。ウイスキー用のグラスなどないので、いつも麦茶を飲んでいる小さめの縦長のものを選んだ。

 飲み方はロック。『1Q84』に出てくる頭の禿げた男のように、ウイスキーを炭酸で割ったハイボールではなく、いきなりオンザロックを選んだのは、その方が本来の味が分かるんじゃないかと、初めてなりに考えたからだった。

 美味しく ない という訳ではない かもしれない。

 アルコール度数が四十度を超えるお酒を、私は記憶のある限り、この時に初めて飲んだ。衝撃だった。私は心の中で、こんなものを、何杯も飲める訳がないと思いながら、

「へえ、こんな味なんだ」

 という顔をして、それらしく頷いたりもした。それはきっと、洋服屋さんで、値札を見た時に思ったより高かった時の顔と、同じ種類の顔だ。

 ああ、こんな値段なんだ、そう、まあ買えないこともないんだけど。

 ともかく、初めてのウイスキーは、今正直に言うと不味かった。なかじん、ごめんなさい。

 

 二回目のウイスキーを飲んだのは、カティサークから半年程後のことだ。

『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』という、村上春樹さんのエッセイを、本屋さんで手に取った。疲れていて、なかなか長編を読む気になれなかった私は、無意識に薄い本を選んでいたのかもしれない。

 ページをめくると、数枚の写真が目に飛び込んできた。羊が群れになっているもの、のどかな町並み。それは何だか今の自分に必要な気がして、レジに並んだのだった。

 村上さんによる、アイラ島とウイスキーを巡る旅行記。それが『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』だ。

 アイラ島には、七つの蒸留所があるという。(現在は八つ)

 彼はその本の中で、それぞれ七つのウイスキーをグラスに注ぎ、

「もし僕らのことばがウィスキーであったなら、もちろん、これほど苦労することもなかったはずだ。僕は黙ってグラスを差し出し、あなたはそれを受け取って静かに喉に送り込む、それだけですんだはずだ」と前置きした上で、ウイスキーを言葉にするのだった。

 例えば、バッハのゴルトベルク変奏曲を、誰がどのように演奏するか、に。

 魂の筋のひとつひとつを鮮やかに浮かび上がらせていくグレン・グールドの演奏。だとか、淡い闇の光の隙間を細く繊細な指先でたどるピーター・ゼルキンの演奏。という風に。

 私は目を閉じて、味を想像した。今度は、目を閉じたままでも、頭の中で音が鳴った。ゴルトベルク変奏曲。音楽大学に通っていた時に何度も聞いた、大好きな曲だ。目を開けて、今度はその足で歩き始めた。バーに行こう。右手には本を抱えていた。

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