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「嘘の戦争」草なぎ剛の芝居はなぜ泣けるのか

2017/03/14
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木村が“月9バカ”なら、草なぎは“火ドラバカ”

 二週連続で、草なぎ剛の芝居に泣かされている。

 最終回を迎える「嘘の戦争」。関西テレビ制作の火曜ドラマは、時間帯こそ1時間前倒しになっているけれど、20年前、草なぎが「いいひと。」で初主演を果たした枠である。その後も、主題歌が「世界に一つだけの花」だった「僕の生きる道」をはじめとした“僕シリーズ3部作”など、草なぎ主演ドラマの代表作の多くが、この枠から生まれている。かつて有吉弘行が木村拓哉を“月9バカ”と呼んだ。それにならえば、草なぎは“火ドラバカ”と言えるかもしれない。

“僕シリーズ”のときも、草なぎの芝居には泣かされた。でもそれは、病に倒れたり、真実の愛に気づいたり、純粋さを貫いたりと、演じる役の境遇にわかりやすい泣かせる要素があったからだ。草なぎ剛という俳優は、当時から、人間の持つ弱さや情けなさ、絶望の先にある明るさ、痛みからしか生まれない優しさのようなものを表現するのが抜群に上手かった。モンスターでもカリスマでも天才でもヒーローでもない市井の人間の持つ切なさを、リアリティを持って演じながら、適度にスターらしい華やかさと切れ味も感じさせた。

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草なぎの俳優としての魅力とは?

 つかこうへいをはじめ、多くの監督や演出家や共演者が認めた彼の俳優としての魅力は、一言で言うとその“人間くささ”にあるような気がする。SMAPという国民的グループに所属しながら、自己評価の極端に低い彼は、役と対峙して必ずとことんまで悩んで、迷って、考えて、もがいて、苦しんだ。難しいことでもサラリとやってのける器用なメンバーに囲まれ、みっともない自分を受け入れるしか、前に進む方法がなかったのかもしれない。でも、ドラマ初主演を果たすそのずっと前から、草なぎは“表現”の前で一人葛藤し、それが確実に俳優としての成長に繋がってきた。「嘘の戦争」を観ていると、草なぎの俳優としての深化を感じる。

 草なぎ剛演じる一ノ瀬浩一は、9歳のときに両親と弟を目の前で殺害され、詐欺師となってその犯罪に加担した人たちへの復讐を次々に遂行していく。第8話では、ずっと信頼し世話にもなっていた児童養護施設の園長がある重要な秘密を30年間隠し続けていたことを知り、そのことを本人に問いつめる。信じていた人に嘘をつかれていた哀しみ、悔しさ、やるせなさと怒り。それらの感情を爆発させた浩一の表情は、芝居というよりも浩一という人の絶望感そのものとしか思えなかった。途方もない苦しみと想像を絶するような孤独とがないまぜになった、壮絶な表情だった。9話で浩一は、あることがきっかけで園長を赦すことになるのだが、そこで浩一が見せた表情も、憎しみから愛に変わったときの心の動きがつぶさに表現されていた。

©文藝春秋

 そもそも、「嘘の戦争」では浩一の顔のアップが多い。そしてアップになるたびに、草なぎ演じる浩一は、瞳にそのときどきの感情を映し出す。9話の終盤で見せた浩一の瞳には、感情の色の変化が、しっかりと映し出されていて、そこに草なぎ剛という演者は存在していなかった。完全に、一ノ瀬浩一が憑依していた。天才詐欺師というある種マンガチックな設定なのに、この設定でしか生まれない人間のリアルが、瞳の中に集約されていた。

木村の“深化”が表れた「A LIFE」の“嬉し泣き”

 こと“演技力”においては草なぎほど語られることのない木村拓哉だが、「A LIFE〜愛しき人」を観ていると、やはりその芝居の深化を感じざるを得ない瞬間に、たびたび遭遇する。草なぎほど強い情動を表す役ではない分、上手さを感じる瞬間は少ないが、木村もかなりの芝居巧者である。今回ヴィヴィッドに“深化”を感じたシーンは、8話の“嬉し泣き”だ。脳腫瘍であることが発覚した元恋人のために、木村演じる沖田一光が、腫瘍を完治させるオペ方法をついに見つけ出す。暗いオフィスで、安堵と歓喜で涙をいっぱいに溜めた瞳がぼうっと浮かび上がる。医師として、未来に希望を繋いだシーンは荘厳で、とても静かで、神聖な雰囲気が漂っていた。自分ではない誰かのために一途になる人間の心の美しさを、瞳でしっかりと伝えていた。

 今クールのドラマの木村と草なぎの役どころには、去年のSMAP解散騒動でのそれぞれの苦悩が投影されているような気がしてならない。草なぎは大切なものを奪われ、でも生き延びるためには、自分に嘘をつくしかなかった。木村は、愛する人の命を守るためにひたすら奔走した。病巣だけを取り除いて、愛する人が元の状態に戻れる手術法を必死で探した。それぞれのドラマが、どんな結末になって、主人公がどんな生き方を選ぶのかはまだわからない。でも、こうして新しい役柄で2人が俳優として“深化”できたのは、去年、あの騒動を通して、計り知れないような葛藤と苦難を乗り越え、また新たなる人間力を身につけたからなのではないだろうか。

 現在帝国劇場で上演中の堂本光一主演舞台「ENDLESS SHOCK」に、こんな台詞がある。「一つ傷つけば、一つ表現を見つける。ボロボロになる」――。人が強く豊かになるために、経験に勝る栄養はない。普通の生活を送っていたら決して体験できない深い哀しみや苦しみが、結果として、木村や草なぎの表現の糧になったとしたら--。

“SMAP”として10代から40代まで、過酷と至福とが表裏一体となった人生を駆け抜けた5人は、だから表現者として無双だし、これからもずっと表現者であり続けるべきだろう。

※草なぎのなぎは弓ヘンに前の旧字の下に刀

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