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佐藤 祥子
2017/03/19

稀勢の里が語る 白鵬との「一番」、屈辱の一年

「我慢と辛抱」の精神で15年目に掴んだ栄冠

受け継いだ若乃花イズム

“土俵の鬼”といわれた初代若乃花からそのイズムを継承した隆の里が、手塩にかけて育てた稀勢の里。初代若乃花の下で猛稽古を積んだ前出の前田会長は、明治神宮奉納土俵入りの雄姿を目にし、感慨深げにこう言った。

「あの初代若乃花の化粧まわしを締めてねぇ……。若乃花――二子山親方の教えは『力士は稽古一筋。それだけじゃ』と。その教えを受け継いだ先代の鳴戸親方も、稀勢の里も同じく30歳で昇進。大器晩成ですよ。ひとつのドラマでもありますな」

 しかし、日本中がお祝いムードに浸るなか、父の貞彦氏は「今までも本場所が近づくと見ているのが辛かった。(横綱になったら)勝ってもらうしかない。早く引退してほしいです」と複雑な親心を覗かせる。表情を引き締めて西岩親方も言う。

「今場所の相撲内容は良くはなかった。9日目に琴奨菊に負けてから、遠藤戦、勢戦とバタバタで、決して“横綱相撲”とは言えなかった。白鵬戦は、土俵際まで押し込まれて、勝負には勝ったけど“相撲”で負けていますからね」

 さらに弟弟子に、あえて厳しいエールを送った。

「次の場所でも、稀勢の里は絶対に優勝しなきゃいけないんです。前の場所は12勝だし、初優勝での昇進は、数字だけを見れば甘い。平成では連続優勝がほとんどで(鶴竜は優勝決定戦進出、翌場所優勝)、一番甘い昇進です。そういった声を跳ね返すには、何がなんでも連続優勝としなければ。今まで以上の稽古をしないとね。先代は『大関になったら3倍、横綱になったら5倍の稽古をしろ』と、私にいつも言っていました。師匠亡き今、横綱には誰も厳しいことは言えない。番付では私が下でしたが、先輩として厳しいことも、言いたくないことも言っていくつもりです。愛情の裏返しだと思って、稀勢の里に聴いてもらいたい」

NHK福祉大相撲で ©文藝春秋

土俵を下りても「我慢」と「辛抱」

 初代若乃花の口癖で、その代名詞ともなった「人間、辛抱だ」。“土俵の鬼”の系譜を継ぐ稀勢の里に、以前「力士でなかったらどんな職業を選んだ?」と質問したことがある。

「接客業をやってみたい、と思ったことがあります。『なぜここまで客にクレームを言われても、こんなに頭を下げられるのか。素晴らしい』と思って、耐える精神を鍛えるのも面白いかなと興味があり、いつも接客業の方を観察してますよ」

 耐えてばかりの毎日でストレスは溜まらないのかと問うと、こんな答えが返ってきた。

「自分は寝たら嫌なことも忘れちゃうんです。腹が減ったら我慢して寝ちゃえばいい。そこで欲望のままにメシを食ってしまうと、結局、我慢しない人間になっちゃうから」

 たとえ土俵を下りても、その思考と生活の中に「我慢・辛抱」の精神が宿っているのだった。

 初優勝を果たした翌日、晴れ晴れとした顔の稀勢の里は言った。

「体も気持ちも元気ですから、まだまだこれから強くなると思っています。これからがスタートだという気持ちです」

 さらなる我慢と辛抱、稽古一筋。30歳の第72代横綱が歩む「相撲道」は、まっすぐに揺るぎない。

出典:文藝春秋2017年3月号・全2回