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連載中野京子の名画が語る西洋史

中野 京子
2017/03/22

中野京子の名画が語る西洋史 ボヌール「荒々しい馬市」

馬市 1852~55年、油彩、244.5×506.7cm、メトロポリタン美術館(ニューヨーク)
©ユニフォトプレス

荒々しい馬市

 遠くにサルペトリエール病院付属礼拝堂が見える、オピタル大通りのパリ定期馬市。まだ自動車普及以前なので、馬の売買は活気にあふれている。右奥に買い手や鑑定人、見物人がひしめく。

 さまざまな毛色の馬たちはサラブレッドではなく、ノルマンディ産ペルシュロン種で、大きく逞しい胴体と太く頑丈な脚を持ち、荷馬や軍馬として利用される。

 調教師のある者は楽々と乗りこなし、ある者は暴れ馬に振り落とされそうだ。土煙、いななき、蹄の音、鼻息、興奮した馬の発する汗とにおい……人馬ともに荒々しくエネルギッシュな世界だ。横幅五メートルの大画面には、すみずみまで躍動感と美が満ちる。発表後たちまち国際的評価を得、画家に確固たる名声をもたらしたのは必然であろう。

 画家は女性だった。

 十九世紀半ばのヨーロッパでは、未だ文化的創造は男性の領分であり、数少ない女性画家は常に過小評価されていた。そんな中、ボヌールは自分の好きな動物に的を絞り、着々と周囲に実力を認めさせてゆく。

 努力は並大抵ではなかった。リアルな動物を描くためには解剖学的知識も必要だったから、男の職場である屠畜場や競り市に通わねばならない。身の安全のため男装したいが、当時のフランスでは警察に「異性装許可証」を申請せねばならなかった(一八五〇年代の取得女性はわずか十二人)。ボヌールもどうにか許可証をもらい、何度も更新し続けた。

 本作の中央で茶色い馬に乗り、帽子の陰から我々鑑賞者を見つめる青い服の人物は、ボヌールの自画像ではないかと言われる。たぶんそうだろう。控え目ながら誇らしく、彼女は男たちに混じっている。いや、その中心にいる。

 功成り名を遂げたボヌールは結婚しなかったが、広大な私有地にライオンも含む動物たちと幸せに暮らした。

お洒落な尻尾?

白い雌馬の尻尾が紐でくるくる巻かれている。尾骨がなくなったところで毛を折り返して結び、また折り返して中を通して結ぶので、なんだか中途半端な編み上げヘアみたいに見えてしまう。しかしこれはお洒落のためではない。肛門から腕を挿入し(肩まで入れる)、妊娠の有無などの検査をする際に、長い尻尾を振り回されては困るから縛っているにすぎない。検査が終われば、もとのステキなロングテイルにもどります!

ローザ・ボヌール Rosa Bonheur
1822~1899
レジオンドヌール勲章を受けた初の女性芸術家としても知られる。彫刻も手がけた。

中野京子 Kyoko Nakano
作家・独文学者。最新刊『運命の絵』(文藝春秋)。連載は日経新聞夕刊「プロムナード」(木曜)など。

中野京子と読み解く 運命の絵

中野 京子(著)

文藝春秋
2017年3月10日 発売

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