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日本人の祖先は、船で沖縄にやって来た。3万年前の人類の旅を実証航海

『日本人はどこから来たのか?』 (海部陽介 著)

2016/07/05

genre : エンタメ, 読書

note

忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日は俵万智さん。

◆ ◆ ◆

日本人はどこから来たのか?

海部陽介(著)

文藝春秋
2016年2月10日 発売

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 今年の二月「三万年前の航海 徹底再現プロジェクト」の説明会が、沖縄県石垣島で行われた。友人に誘われるまま、息子と私は軽い気持ちで参加したのだが、予想以上にわくわくさせられる話だった。

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 およそ三万八千年前に、日本列島に渡来したと考えられるホモ・サピエンス。その三つのルートのうち、台湾~琉球列島を北上する沖縄ルートについて、本書の著者である海部先生ご本人が、熱く語ってくれた。

「知ってる、知ってる。そのあたりは、むかし陸続きだったんだよね。だから歩いてきたんでしょ」と思った、そこのあなた。決して陸続きではなかった、陸続きなはずがないという証拠を、次々とあげられて論破される快感を、ぜひ本書で味わってほしい(当日の私が、そうでした)。

 そして、琉球列島に残されている人類の活動の痕跡を見れば、それが偶然の漂流などではなく、意志を持った「航海」であり「移住」であったはずだと海部先生は考える。

 ホモ・サピエンスの最古の航海とされるオーストラリア・ニューギニアへの移住は、隣の島を目で確認しつつ進めるルートがあったようだ。が、台湾から北上するルートでは、それは難しい。さらに黒潮という厳しい海流の問題もある。

 こんな大変な航海を成し遂げる技術とは、どのようなものだったか。何を求めて我々の祖先は海を越えたのか。苦労のほどを学術的に確かめたい……つきましては、船つくって漕いでみることにしましたんで、ぜひご協力ください、というのが説明会の趣旨だった。

 本書では、いま記した沖縄ルートだけでなく、その他のルート、またそもそもアフリカからいかに人類が移動してきたかについての壮大な論考が、遺跡や人骨化石の厳密な解釈を通して、鮮やかに語られている。

 質問の時間に挙手をした息子は「ぼくも、一緒に漕ぎたいです」と言って場をなごませ「でも先生は、なんでそんな昔のことが知りたいんですか? 何かの役に立ちますか?」と言って場を凍りつかせた。

 実は私も、人類学や考古学というものの魅力が、いま一つわかっていなかった。本書を手にして初めて、その一端に触れることができたように思う。

 たとえて言うと、ジグソーパズルのいくつかのピースだけを手にしつつ、全体像を論理的思考で描いていく。で、たまに、本当のピースがどこかの遺跡から出てきたりもするのだから、わくわくする。何万年という時間の単位を体感することは、人類の一員として、とても大事なことなのだとも感じた。

 加えて、人類史を学ぶことで「民族」というものが人工的な線引きにすぎないことが実感されるという点にも、感銘を受ける。

 さて、このプロジェクト、めでたくクラウドファンディングで多くの共感(と資金)を集め、七月には第一弾が実行されることになったそうだ。世界地図も海流のデータも持たない祖先の目で、どのような航海がなされ、そこから何が見えてくるのか。楽しみに待ちたい。

三万年前の目をもて漕いでゆく

三万年の時の流れを

俵 万智(たわら・まち)

俵 万智

1962年、大阪府門真市生まれ。早稲田大学文学部卒。1986年、『八月の朝』で角川短歌賞受賞。1988年、『サラダ記念日』で現代歌人協会賞受賞。2004年、評論『愛する源氏物語』で紫式部文学賞を受賞。2006年、『プーさんの鼻』で若山牧水賞受賞。その他の歌集に『オレがマリオ』、エッセイ集に『旅の人、島の人』など。

日本人の祖先は、船で沖縄にやって来た。3万年前の人類の旅を実証航海

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