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市村萬次郎×酒井順子 歌舞伎は気楽に見てよし! ダメ女も不幸な女も楽しもう

『女を観る歌舞伎』著者、名優と女形を語る(2)

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歌舞伎というのは、ドラえもんの世界のようなもの

酒井  では、「妹背山」のお三輪がなぶりごろされるシーンとか、子供を差し出す「先代萩」などもむずかしいでしょうね。万国でうけるのはどんなものですか。

萬次郎  夫の浮気をテーマにした「身替座禅」などがいいのでは。でも、アラブだったら、では第二夫人に、ということになるかもしれませんが(笑)。

酒井  女形に対する海外の方々の反応はどんな感じですか。

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萬次郎  やはり、きれい、というものでしょうか。妻のプロデュースで北欧で「藤娘」を上演したことがあったのですが、北欧の国に春を持っていくようなものですから、評判がよかったですね。加えて、日本の踊りの中では、ふられて泣いたりなど、若い娘の心情をよく表現しているので、面白かったのだと思います。

酒井  歌舞伎に出てくる女性は、観ているときは面白いのですが、あとで冷静になってみると、ひどい扱いを受けている話が多いですね。

萬次郎  そういうものばかりだと思われると、歌舞伎から足が遠のいてしまうのではないかと心配です。だから、自分がやらせていただいた「女暫」のような、悪を退治して、それもただ強いだけでなく、最後にははにかみを見せて去っていく巴御前や、「天保遊侠録」の阿茶の局の、みんなをへへーとひざまずかせる強さ、「輝虎配膳」の越路というおばあさんの、理路整然とまくし立てるすごさ――そういうものがお客様にとても受けている。やはり女性が溜飲を下げられるものをこれからも作れたら、と思います。

酒井  そういうものをたまに拝見すると、スカッとしますね。

萬次郎  長い歴史の中、今までも歌舞伎は時代に合わせたものを作ってきたはずです。ただ、古典の技術を生かしてお芝居の嘘と真実をどう作るかですね。歌舞伎というのは、ドラえもんの世界のようなものだと思うんです。その世界の中では、タケコプターが存在し、友情や冒険もちゃんとうまくいっている。でも現実は違う。実際はタケコプターをつけると頭の皮膚が取れちゃうとか、そういう嘘を矛盾と思わず、みんなわくわくして観られる、それが芝居の基本だと思います。松の木が偽物であっても、お客様は何の違和感もないという世界で、人の気持ちがどう表現できるか。その中で、いい狂言は残っていくのでしょう。富士フイルムは、フィルムを作った最先端技術で化粧品の分野にも進出していますが、歌舞伎も、歌舞伎をここまで作ってきた技術的なノウハウがたくさんあるわけですから、それを使って新しいお芝居を作った時、それは古典になりうるのではないかと思っています。

酒井  人権意識が発達した今となっては、歌舞伎の中の女性の不幸は、不幸のファンタジーのように見られるかもしれません。こんなことは、昔も実際にはなかったということも多かったでしょうが、今となってはさらにありえない話になってくると、ドラえもんの中の不幸という感じで楽しむことができるのかなと思います。今日はありがとうございました。

©iStock.com

市村萬次郎(いちむら・まんじろう) 昭和24年生まれ。十七代目市村羽左衛門の次男。30年、歌舞伎座「土蜘」で初舞台。47年「暫」の照葉ほかで二代目市村萬次郎 を襲名。海外公演も数多く、外国人のための歌舞伎教室も開催。映画では、「大日本帝国」「ザ・マジックアワー」などに出演。昭和57年、59年に国立劇場奨励賞、平成4年、6年、27年に国立劇場優秀賞を受賞。13年に外務大臣表彰を受けた。公式HP http://park.org/Japan/Kabuki/kabuki-j.html

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2017年2月10日 発売

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