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雑誌ジャーナリズム大賞「ベッキー禁断愛」はいかにして生まれたのか? #1

雑誌ジャーナリズム大賞「ベッキー禁断愛」はいかにして生まれたのか? #1

残された時間はわずか「48時間」

note
『文春砲 スクープはいかにして生まれるのか?』(週刊文春編集部 著/角川新書)

「週刊文春」の取材の裏側を、解説と再現ドキュメントで公開する『文春砲 スクープはいかにして生まれるのか?』(角川新書)が刊行されました。発売を記念し、「Scoop1 “スキャンダル処女”ベッキー禁断愛の場合」の章を公開します。“文春砲”という言葉が広く知られるきっかけとなり、第23回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム大賞」を受賞したスクープ。その舞台裏にあったものとは――。(全4回)

◆ ◆ ◆

本章はスクープの現場はどのようなものなのか? 記者たちはどのように動きながら記事を書いているのか。その一端を描いたドキュメントだ。まずは2016年の「文春砲」の嚆矢(こうし)になったともいえるベッキー不倫報道の場合だ。ここでは情報入手と行動の推測、張り込みと追跡が大きなテーマになっていた。校了までの時間との戦いになっていたところも見逃せない要素だ。タイムリミットは48時間。

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動き出したスクープ

「まさに“ゲスの極み”? ベッキー31歳禁断愛 お相手は紅白初出場歌手27歳!」

週刊文春2016年1月14日号より

 いわゆる文春砲はこの記事から始まったといってもいい。

 ベッキーといえば“スキャンダル処女”とも呼ばれる存在だった。

 その初スキャンダルの相手が妻帯者であり、正月から相手の実家にまで行っていたのだからインパクトは大きかった。

 相手は「ゲスの極み乙女。」のボーカル・川谷絵音だ。スキャンダルとしてはベッキーに焦点が当てられたが、紅白出場歌手なのだから知名度は低くない。

 このスクープは、週刊文春編集部の棚橋(たなはし)記者が情報を掴(つか)んだことから動き出している。最初の情報の入手経路は詳しく書けないが、日頃から棚橋が付き合いを続けていた音楽関係者から情報はもたらされた。

 ベッキーと川谷によるLINEのやり取りも入手できた。

〈時間かかってしまうけどちゃんと卒論書くから待ってて欲しいな。こんな感じで待たせるのは本当に心苦しいけど、待ってて欲しい〉

 川谷はLINEでこんなメッセージをベッキーに送っていた。川谷とベッキーは離婚届のことを〈卒論〉と表現し、その提出を待ちわびるようなやり取りをしていた。

 また、クリスマス後にベッキーは〈素敵なイブとクリスマスをありがとう〉というメッセージを川谷に送っていた。

 こうしたやり取りを見ただけでも二人が親密な関係であるのは明らかだった。しかし、記事にするには本人たちの声が欲しい。そのため、ベッキーと川谷が、川谷の故郷である長崎に行っているという情報を掴んだところで直撃を試みることにした。

 この記事で「カキ」を担当した棚橋は、東京で指揮をとりながら川谷の妻に当たり、他の記者を「アシ」にして長崎へ飛ばすことにした。

一月三日の呼び出し

 二〇一六年一月三日午前八時。

 明け方近くまで友達と酒を飲んでいた女性記者・大山(おおやま)は、眠さと闘いながらもプラン会議に提出する五本の企画をまとめ、デスクにメールする作業を終えていた。プラン会議は毎週木曜に行われる。この日は日曜だったが、正月ならではの変則日程だった。メールを済ませたあとには午後から編集部に行くことになっていたので、短い正月休みだった。

 アルコールを抜くため入浴しようと、風呂(ふろ)にお湯を溜(た)めていたところで携帯電話の呼び出し音が鳴った。携帯の画面を見て、相手がデスクの渡邉庸三(わたなべようぞう)だとわかった。

「おはようございます。あっ、いえ、あけましておめでとうございます」

 ぼうっとしたままの頭で電話に出ると、「大山、いまどこにいる? お前に頼みたい件があるんだけど、早めに会社に来られるか」と聞かれた。少し言葉に詰まりながらも「いま、家なので、できるだけ早く行きます」と答えた。

 心づもりより少しだけ早く正月休みが終わった。風呂に浸(つ)かるのはあきらめて、シャワーだけを浴びて編集部に向かった。

 十一時前に編集部に着くと、渡邉に「悪いな」と迎えられ、すぐに「奥部屋」に向かった。呼び名どおり、編集部の奥にあるミーティングルームだ。奥部屋にはすでに棚橋がいて、資料に目を通していた。二人が入室してくると顔を上げた。

「正月から悪いな。大山はこのバンドを知ってるよね?」

 そう言った棚橋は、「ゲスの極み」のCDや川谷の写真を大山に見せた。

「ゲスの極み乙女。」のボーカル・川谷絵音 ©文藝春秋

「ええ、紅白で歌ってましたよね」

「ボーカルのこの男、川谷だけど、女房がいるにもかかわらず、正月休みに実家のある長崎に別の女を連れて帰っているんだ」

 そう言われた段階ではまだ大山も驚きはしなかった。

「そうなんですか。相手は誰ですか?」

 それには渡邉が答えた。

「ベッキーなんだ」

「……えっ」

 その名前は予想の範囲を超えていた。

「嘘っ? スキャンダル処女なのに……」

「長崎で、二人が一緒にいるところを写真に撮って直撃する。それがお前の役目だ」

 こうして大山はアシに指名されたのだ。