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連載歴史・時代小説の歩き方

のうきん――徳川側から見た第一次上田合戦

2016/04/16

genre : エンタメ, 読書

 大河ドラマ『真田丸』の上田合戦でいちばん驚いたのは、神川を挟んで徳川・真田が向かい合ったとき、挑発のため真田が「高砂」を舞ったのが史実だったってこと。ひっくり返ったわ。梅ちゃん死んだショックも吹き飛んだわ。「高砂」と言えば能の謡(うたい)で、結婚式の定番ソング。つまり合戦相手が「てんとう虫のサンバ」を歌ってはしゃいでるようなもんで、そりゃ腹も立つわなあ。ちなみに「高砂」はこんな歌詞。

高砂や この浦船に帆を上げて この浦船に帆を上げて
月もろともに出汐(いでしお)の 波の淡路の 島影や
遠く鳴尾の 沖過ぎて はや住吉(すみのえ)に 着きにけり
はや住吉に 着きにけり

 はい、ここでワンポイントアドバイス。祝言で「出る」という言葉は縁起が悪いので「出汐」は「入り汐」に変えて歌います。また、二回繰り返す「この浦船に帆を上げて」と「はや住吉に着きにけり」は、祝言では一回だけ。結婚を繰り返しちゃ困るからね。結婚式で歌うときは気をつけましょうね。

 で、「高砂」っていう能は夫婦揃って長生きするのを祝福するめでたい話なんだけど、この歌詞だけ見ると、ただ旅の行程を説明してるだけなんだよね。特にお祝いっぽい言葉はないけど、いいのかな。いいのか。今日からひとりきりで旅に出るっていう「いい日旅立ち」がなぜか結婚式でよく歌われるのに比べればマシか。

 閑話休題(閑話だったのか!)。上田合戦は痛快でしたね。ただ、考えてみたら不思議。だっていくら真田がいろいろ仕掛けてたにしてもさ、天下の徳川が簡単に負けるっておかしくない? 徳川だよ? 規模もレベルも段違いだよ? そこで徳川方から上田合戦を書いた小説を読んでみた。いったいなぜ、徳川はああもあっさり負けてしまったのか?

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