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安藤 和津
2017/03/27

小林カツ代は「台所意識革命のジャンヌダルク」だった

『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』(中原一歩・著)を読む

『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』(中原一歩 著)

「食」という字を分解すると「人」と「良」になる。舌は感性の源ゆえ、何を食して生きるかは大切だ。

 料理研究家の草分けである小林カツ代は、女性にとってのより良い「食」を求め、全力で生き抜いた。今はスマホでクッキングの時代だが、家庭の中でもがく女性達にクルリと方向転換する術を与えてくれた、まさに「台所意識革命のジャンヌダルク」であった。

 初対面で「先生」と声をかけたら「かっちゃんで良いわよ。私もカヅちゃんて呼ぶから」と言って、カンラカンラと小柄な体を揺すって笑った。丁度私が料理本を出版した頃で、矢継ぎ早に「出汁のかつお節は絞る?」「勿体ないから絞っちゃいます」「葉物は茎を先に茹でる?」「茎はシャキっとが好きなので葉と一緒に茹でてます」

 どうやら面接テストに合格だったらしく、そこからお付き合いが始まった。困った~と一言愚痴れば、ガッテンだと即座に対応。楽しい事へのアンテナは360度張り巡らせ、その実行力たるや年下の私も脱帽の素早さであった。

 この「小林カツ代伝」はどのページにも映像を見ているかのように、かっちゃんが生き生きと存在する。浪花のこいさんから、漫画のサザエさんのような新妻時代、料理研究家への第一歩へと、その発想の豊かさと行動力で別人のように脱皮し変化する女の一生が描かれている。小林カツ代を知らずとも、運命を変えるのは自分自身なのだという人生読本でもある。

 味覚には甘さ・塩っぽさ・酸味・辛味・苦味の五味がある。かっちゃんの晩年は神様の手違いからか、何故か苦く辛く切ない。しかし天性の舌を持ったかっちゃんだからこそ、人生の五味を綱羅したのだと私は思いたい。

 どんな偏屈でも強面でも、美味しいと思った瞬間ふっと笑顔になるはずだ。

 今も小林カツ代のレシピは、沢山の家庭に受け継がれ、沢山の幸せを生み続けている。

なかはらいっぽ/1977年佐賀県生まれ。19歳で上京後、世界を放浪。現在はフリーランスとして雑誌やWebに執筆。著書に、『奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」』、『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』など。

あんどうかづ/1948年東京都生まれ。エッセイスト、タレントとして活躍。著書に『忙しママの愛情レシピ121』、『長い散歩』など。

私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝

中原 一歩(著)

文藝春秋
2017年1月26日 発売

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