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連載桜庭一樹のシネマ桜吹雪

桜庭 一樹
2017/03/26

『午後8時の訪問者』――桜庭一樹のシネマ桜吹雪

法が裁いてくれない罪

 やっかいなのはなんだ?

「法律では裁かれない罪」を犯したときじゃないか?

 警察が捕まえてくれないからいつまでも償えない。良心の呵責からも逃れられない。だからほんっと忘れられない。

 と、そんなことが……大人になり、ある程度生きてきたなら、一度はあるだろう。それこそちいさなことも含めれば、いくらでもだ。

 ――わたしにも、ある。

『午後8時の訪問者』の主人公、女医ジェニーの場合はこうだ。時間外の午後8時に診療所の呼鈴が鳴ったが、出なかった。義務はなかったし、だいいち疲れていたから……。

 だが、呼鈴を鳴らした少女は翌日、身元不明の死体となって発見されてしまった。

 あのとき私がドアを開ければ、命を助けられたのに!

 義務はなかった、という正論では、ジェニーの良心は救われない。でも法律も、地域の共同体も、どういう形であれ彼女を裁くつもりはない。

 そこで彼女は、独自の方法で死者の身元を調べ始める。

 この罪では誰もジェニーを非難しようとしないのに、理不尽なことではたくさん怒られるので(患者から偽の診断書を頼まれ、断ったらブチ切れられて聴診器を盗まれかけるとか)、わたしならけっこうめげます。

 さて、この作品のラストには、“こういうやっかいな罪から人の心が救われる唯一の方法”が描かれていた。

 どうしても抽象的な説明になってしまうので、ぜひ観てほしいのだが、“自分の行動が思いもかけない相手の思いもかけない苦悩を偶然救っていた”ことによって、ジェニーは再び生きていけるようになる。

 この救済はもちろん“奇跡”である。なにしろ奇跡なので、現実ではほぼ起こりえない“善きこと”だ。わたしの罪に対しても。きっとあなたの罪にも起こらないだろう。だからこそフィクションは、物語は、映画は素晴らしい。観てよかったと思う。

©LES FILMS DU FLEUVE - ARCHIPEL 35 - SAVAGE FILM - FRANCE 2 CINÉMA - VOO et Be tv - RTBF(Télévision belge)
INFORMATION

『午後8時の訪問者』
4月8日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
http://www.bitters.co.jp/pm8/

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