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塾は学校より色気がある。生々しい人間の姿が描けると思った──「作家と90分」 森絵都(前篇)

話題の作家に瀧井朝世さんがみっちりインタビュー

2017/04/01
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直木賞受賞作『風に舞い上がるビニールシート』はブッシュ再選に腹を立てて……

――掌編集の『ショート・トリップ』(00年刊/のち集英社文庫、青い鳥文庫)があったり、小学館児童出版文化賞を受賞した『DIVE!!』(00~02年刊/のち角川文庫)で飛び込みを題材とした青春スポーツ小説長篇を発表したり。いろんなことに挑戦されているな、と。

 毎回毎回、なるべく今までやったことのないものをやりたかったんです。『DIVE!!』は最初、少年の成長ものをシリーズで書きませんかと言われたんです。女の子ならなんとなく成長のポイントが見えてくるんですが、男の子がどういうポイントで成長していくのか、よく分からなかったんですね。スポーツみたいなものがひとつ柱としてあると成長のきっかけが見えてくるのかなと思い、飛び込みの話にしました。

 飛び込みは、詳しいわけでもないのに、なんか気になっていたんですよ。理由も分からず気になるというのが一番小説になっていく可能性が高い気がします。

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――一瞬で終わる競技だから、小説にしづらいのかと思いました。

 ただ、飛び込みってひとつの試合で10回くらい飛ぶじゃないですか。1回飛んでから順番が回ってきて、もう1回飛ぶまでも結構時間がありますし。実際の試合って結構間延びしてタランとしているんですよ。その緩さの中に、物語が忍び込む隙があるというか。競技人口が少ないから、中学生の知季のような子にもオリンピックを目指すチャンスがあるというのも信憑性がある世界ですし。実は今度、7月にフジテレビの枠でアニメ化される予定です。

――わ! それは楽しみですね。そして03年に『永遠の出口』(03年刊/のち集英社文庫)でいわゆる一般文芸作品を発表されますが、この『DIVE!!』を書いている頃から、一般文芸を書いてみたいなという気持ちはあったのですか。

 きっかけになったのはやっぱり『DIVE!!』です。このシリーズを書いている時に、それまでなかったことなんですけれど、なんとなく自分が知季のお母さん目線になっている気がしたんです。それまでは10代になりきるか、かなり寄り添って書いているつもりだったんですが、ちょっと目線が変わってきたかなと感じ、そろそろ幅を広げていってもいいのかなって思いました。

――『永遠の出口』は「小説すばる」に掲載されたもので、ひとりの女性が10歳から18歳までを振り返るという内容ですね。

 『DIVE!!』と並行して書いていたんですが、『DIVE!!』を書き終えるまでは、本当に大人の主人公というのは書きたくなかったんです。なので、これは大人に向けて過去のこととして10代を綴るという書き方をしたんですよね。大人になった「私」が10代を振り返るという形になっています。

永遠の出口 (集英社文庫(日本))

森 絵都(著)

集英社
2006年2月17日 発売

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――これ読んだ時に新鮮だったのが、主人公が一時期グレるんですよね(笑)。他に親に対する反発心とか、アルバイトのこととか、自分のことだったかもしれないと思える10代が描かれますよね。

 なるべくありふれた、どこにでもあるエピソードを重ねて書きたかったんです。特別な経験ではなく、みんな記憶のどこかに残しているような風景が書けたらいいなと思っていました。すごく特別な事件というよりは、普通の日常の中で何があるかという部分を書きたい気持ちがあります。その一方で飛び込みといった超日常的な世界を描いたりもしているので、自然と自分でバランスをとりながらやっているのかもしれません。

――ありふれたことを小説として書くのは難しくないですか。

 それはわりと嫌いじゃないです。『クラスメイツ』(全2巻 14年偕成社刊)という24人の子の話を書いた時に、それもやっぱり本当にありふれた話をそろえたんです。その限られた条件の中、何もない中で何かを感じさせたり、ちょっとした感情の波が立ったり、そういうことを書く楽しみというのがあります。

――『永遠の出口』の次が『いつかパラソルの下で』(05年刊/のち角川文庫)ですね。ここで大人の主人公のリアルタイムの話になりました。厳格だったお父さんが亡くなって四十九日を迎えた頃、お父さんと生前親しかったという女性が連絡をよこす。動揺する三人の兄妹たちの視点で綴られる長篇です。

 これはね、大人向けの小説ということで、ぜひ濡れ場をいれたいと思ったんですよ(笑)。児童文学を書いていると、両親って保護者としてしか出てこないんですよね。でも本当は男であり、女じゃないですか。だから大人の小説を書く時は、両親という存在の、保護者じゃない側面を書きたいというのがすごくありました。これは兄妹がお父さんの隠された秘密を辿りながら旅をするという。

――佐渡島に行くんですよね。強烈に記憶に刻まれているんですけれど、イカを食べまくる場面が……。

 そう、いかイカ祭り(笑)。友達が佐渡に住んでいて、佐渡を舞台にしようかなと思って取材もかねて遊びに行ったんです。そうしたら友達が急に「いかイカ祭りに行こう」って言いだして、「なにそれ」って(笑)。行ってみたら本当にイカ料理だらけで。なんか不思議な空間で、あまりに面白かったので出してみました。

――ええ、あまりに面白かったです。この小説はどこにたどり着くか分からない展開でしたが、これもまず兄妹たちを佐渡に行かせてみて、そこから考える……という感じだったのでしょうか。

 そうでしたね。私は血筋に根拠を求めるような話があまり好きではなく、きっちりした理由があってお父さんがこういう行動をしていたと分かる話にしたくはなかったので、兄妹で旅路を辿るなかで、根拠はなくてもさっぱりした心境に行きつけばいいなとか、そんなことを思いながら書いたように思います。

©橋本篤/文藝春秋

――これが面白くて、森さんは一般文芸で今後活躍されていくんだなと思ったら、次の作品集『風に舞いあがるビニールシート』(06年刊/のち文春文庫)でいきなり直木賞受賞ですよ。一般文芸を書き始めてからあっという間という印象でした。

 今考えても、やっぱり早かったですよね。この頃は、何かを守ろうとしている人たちの話を集めた小説集が書きたいというのがまずあったんですよね。他の人には分からないけれども、自分の中にある信念ですとか、大事なものを守ろうとしている人たちの小さな奮闘の物語というか。確か、アメリカのブッシュが再選されたタイミングだったんですけれど、なんか腹が立ったんだと思うんです(笑)。

風に舞いあがるビニールシート (文春文庫)

森 絵都(著)

文藝春秋
2009年4月10日 発売

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――それだったんですか(笑)。でも本当に、表題作は難民のためにUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)で働く人たちの話ですから、実際、最近すごく思い出したりもしていたんです。すごくいい短篇でした。その時も、難民のこととかを調べてお書きになったのですか。

 最初は国連職員を出したかったんですよ。でも編集者にたまたま紹介していただいたのがUNHCRの人、つまり難民を支援する人で。正直そんなヘビーなところの方が来ると思わなかったんですが、お会いするにあたって事前にいろいろ調べたり本を読んだり、実際にお話を聞いている中で、自分が想定していたストーリーラインはすべて捨てて、一から築き直して書かせてもらったのがあの一篇でした。

――それまでもたくさん児童文学の賞を受賞されているので慣れていたかもしれませんが、直木賞を受賞された時のお気持ちは。

 いやいや(笑)。自分が一般文芸の賞に縁があるとは思っていなかったので。『いつかパラソルの下で』ではじめて候補になった時も「えっ?」という感じで、この時も「えっ?」と思っている間にだったので、整理がつかないままでしたね。でも候補になると、駄目だった時に周りをがっかりさせてしまうので、そういうのがなくなるんだと思ってホッとしました。

◆ ◆ ◆

※「10年間の集大成。最後の短篇は朝、目が覚めてすぐに思いついた───森絵都(後篇)」に続く

塾は学校より色気がある。生々しい人間の姿が描けると思った──「作家と90分」 森絵都(前篇)

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